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「リトライ・ライフ」
​2

 

「では、月くん。ご家族に話していただく内容の原稿ができましたので、この流れの通りに電話してください」


 ノートパソコンのキーボードを人差し指だけで打つと言う、前から思っていたが中々にやりにくそうな方法で原稿を完成させたLは、画面を僕の方に向けて確認しろと目線を送った。

 

「あぁ、分かった。それで、僕の携帯は?」
「はい、こちらに」

 

 Lはそう言いながら、僕の目の前に携帯を置く。だが、一向に僕の拘束を外すつもりはないところを見ると、スピーカー機能を使ってこのまま話せということだろう。
 無論、簡単にこの拘束が外されるとは思っていないが、数える限り両手足含めて十数か所も拘束具が付けられているのだから、せめて腕だけでも解放して欲しかったのが正直なところだ。
 だがそれくらい警戒されている方が面白いと、僕はLに自宅の電話番号を告げたが、既に把握していると僕が言い終わる前に番号を打ち込んだ。

 

「ではこれから電話をかけますが。先ほどお話しした通り、この原稿から少しでも逸れるようならば貴方の……」

 

「分かってるよ。それより、そろそろ母さんが心配し始める頃だ。早くしてくれ」

 

 自分の言葉を遮られたLは、想像通り不機嫌そうな顔になる。その分かりやすい様子に、こいつの情緒はさほど成長しておらず以前のままだな。と、勝ち誇った笑みを浮かべながら、電話が自宅に繋がるのを待つ。
 やがて、受話器を取る音と共に、母さんの声が聞こえた。

 

『はい、夜神です』

 

「あぁ、母さん。月だけど……今日と、それから明日もなんだけど、友達の家に泊まることになった」

 

『あら、そうなの? 友達って、塾の友達?』

 

 宿泊先の確認は、たしかに親であれば把握してくるだろう。正直、僕の普段の素行からすれば、友達と言うだけですぐに納得してくれると思ったが。まぁ、この頃の僕はまだ高校生だ。多分、父さんからも犯罪に巻き込まれないように確認するよう言われているのかもしれない。
 僕はLの作った原稿に軽く視線を向けてから、その辺りの質問が来た場合の返答パターンを確認して、いつもの優秀な息子の声を作る。

 

「うん、みんなで受験勉強の追い込み合宿をしようって話になって……帰るのは多分、日曜日の夜になるよな、竜崎?」

 

 突然の外泊なのだから、すぐそこに友達がいるのは当然だろう。と、お前も僕の演技に付き合ってもらうからなとLに視線を送りながらそう尋ねる。
 すると、Lは不機嫌そうな表情は変えはしなかったが、声色だけはさも僕の友人であるかのように振る舞った。

 

「あー、そうだな。夜神には色々教えてもらいたいし、そこまで居てくれると正直助かる」

 

 Lの普段の様子からして、とても演技ができるようなやつには思えないが、実際のところLは演技力と言うものが随分ある。と言うよりも、Lにとって嘘をつくことは事件を解決していくことにとって自然体なのだろう。さらりと出てきた実にそれらしい言葉と演技に、僕の外面についてお前だけは好き放題言えないだろうと思いながら話を続ける。

 

「って、ことだから。連絡遅くなってごめんね、母さん」

 

『分かったわ、今が一番の頑張り処だものね。着替えとかは一度取りに来ないの?』

 

 母さんからの問いかけに、確かにその辺のことは聞いてくることだなと原稿を確認するが、着替えについては特に指示されていない。だが、これからLにどこに連れていかれるかもわからないのに、取りに行くとは当然だか答えられない。
 さて、何と言うべきか考えていると、僕が答えるよりも先にLもとい、僕の友人役である竜崎が口を挟んできた。

 

「夜神の家ってこっからじゃ遠いよな。俺のでよければ貸すけど……安心しろって、下着もちゃんと貸してやるから」

 

 実際にあなたの今後の生活について全て用意するのは私の役目ですから。
 とても言いたげな目線を向けられて、事実そうなるとは理解しているが、こいつに生活の全てを委ねると言うのはどうにも気に食わない。別に生活の質が悪くなるのではと言う心配は一切していないが、そうではなくプライドの話だ。
 しかしここでその言い争いをすることもできず、僕は友達に呆れるふりをしながらため息を吐き出した。

 

「……はいはい、ありがとう。うん、特に戻ったりとかはないや。竜崎の家、横浜でさ。今戻ってると終電に間に合わなそうで」

 

『そう、じゃあ、お友達のお家にご迷惑のないようにね』

 

 月に限ってそんなことはないと思うけど、と言葉の裏に滲んだ僕への信頼に、母さんを騙しているのだという事実が、僕の心を締め上げた。
 一体何を考えているのだか。最初から母さんを騙すために電話をかけているというのに、やはり家族に対する僕の感情は、まだまだ制御しきれない部分だなと、己の弱いところを実感していた時だった。
 電話の向こうから、粧裕と母さんの話し声が聞こえたかと思うと、突然粧裕に電話が変わった。

 

『お兄ちゃん、日曜日まで帰ってこないの?!』

 

 粧裕の信じられないといった声に気圧されながら、話す予定のなかった粧裕の存在に微かに動揺する。だが、ここで不自然な動きを見せてはいけないと、僕はいつものように演技を続ける。

 

「あ、うん、友達の家で勉強会することになって」

 

 粧裕との会話については、特にLから指定された原稿には書かれていない。というより、家族との雑談はあまり長引かせるな、程度の指示しか書かれていないため、裁量については僕に委ねられていた。
 無論、電波が悪いからまた帰った時に、と偽ることは簡単だった。
 しかし、これが粧裕との最後の会話だと思った時、兄としての性だろうか。精神を病んでしまった妹の姿を思い出して、もう少しだけ、せめて最後まで元気だった頃の粧裕と話をしたいと思ってしまった。
 だから、僕はLから指摘された時の弁明を考えながら、粧裕との会話を続ける。

 

『えぇ、お兄ちゃん帰ってきたら数学の宿題聞こうと思ってたのにぃ……』

 

「あのなぁ、いつも言ってるけど、宿題くらいちゃんと自分で解いてかないと身に付かないぞ」

 

『だって数学本当にわかんないんだもん……あっ! お兄ちゃん日曜日まで帰ってこないなら、お兄ちゃんの分のイチゴタルト、私が食べてもいい?』

 

『粧裕、あれは月のだってさっきも言ったでしょう』

 

『だって日曜日まで置いといたら悪くなっちゃう。それにお兄ちゃん、甘いのよりスナック派じゃん』

 

『タルトなら大丈夫だから。あ、月、今日ね、お隣さんから人気店のイチゴタルトをいただいたの』

 

「いいよ、粧裕が食べたがってるなら、粧裕にあげて」

 

『本当に美味しいタルトだったから、月も絶対に食べたほうがいいわ。月の分、帰ってくるまでちゃんと取っておくからね』

 

「そう……ありがとう。楽しみにしておくよ」

 

『うん。じゃあ、勉強頑張ってね、月』

 

『お兄ちゃん、日曜日、帰ってきてから教えてね!』

 

 その言葉を最後に切られた電話に、僕はしばらくの間、先ほどまで母さんと粧裕と繋がっていた携帯電話を眺めていた。
 今の会話が、二人との最後の会話か。そう思うと、日曜日に帰ってタルトを食べるという約束をしてしまったのは、あまり良くなかったかもしれない。
 後々になって、そのタルトのことがトラウマに。否、そもそも息子や兄が失踪したという時点で、どうしてあの時もっと詳しく聞かなかったんだと、何にでもトラウマのきっかけにはなってしまうだろうから、帰った時の約束を交わしてしまっただとか、そういう事は気にしなくてもいいのかもしれない。
 一方、僕の友人役を演じたLは、僕が無言で携帯を見つめていることに気付くと、何を思ったのか僕の口元にドーナツを一つ差し出してきた。

 

「イチゴタルトではありませんが、こちらも美味しいと話題のドーナツです。それか、どうしてもそのイチゴタルトが食べたければ、調べて取り寄せますが」

 

「……別に、タルトが食べたかったわけじゃないよ。察しろよ……って言っても、お前じゃ難しいのかな?」

 

 そう、僕が嘲笑を込めて、Lの顔に視線を向けた時だった。
 いつの間に用意していたのだろうか。Lはもう片方の手に持っていた鉄製の小型ハンマーを大きく振り上げると、一切の容赦をせず僕の携帯を叩き壊した。
 破片が飛び散ったのを気にもせず、携帯が粉々になったのを確認したLは、僕に差し出していたドーナツを口にしながらこちらを見つめてきた。

 

「はい、そうですね。私には、月くんの感情を理解するのは難しいです」

 

「……家から急用で電話がかかってきたらどうするんだ」

 

「夜神家は偽造写真を仕込むために現在監視していますので、何かあれば対応します。それか、以前の記憶でこの期間の間、緊急で電話がかかってくるような事に心当たりでも?」

 

 そんなものあるわけがない。と、おそらくLは確信があって質問をしてきている。
 だからこれは、Lから僕に対するパフォーマンスだ。
 お前はもう二度と、日本には帰れない、家族に連絡を取ることはできない。その事実をよく理解しておけという意味で、僕の目の前で派手に携帯を叩き潰したのだろう。
 まったくもってヤクザかマフィアのような、乱暴で粗悪なやり方だ。しかし、こいつの考えに乗ってたまるものかと、僕はわざとらしくため息を吐き出した。

 

「はいはい、お前の意図は分かってるよ。それで、次は僕に何をさせるつもりだ? 証拠写真を増やすために協力でもしろ、とか?」

 

「その手の写真は十分に撮影したので大丈夫です。あとは、あちらに着くまで特にありませんので、寝ていただいて結構ですよ。まぁ、そもそも起きていられないと思いますが」

 

 Lはそう言うと、ドーナツの入った箱を片手に立ち上がり、そのままこの部屋唯一の扉に向かって歩き始める。

 

「では月くん、おやすみなさい。ワタリ、ガスを注入してくれ」

 

 特に僕の方を見ることなく、監視カメラの向こうに居るであろうワタリにだけ視線を向けて、Lはそう淡々と告げる。
 そうして結局振り返ることなく出て行ったLの後ろ姿を最後まで見つめながら、僕はゆっくりと瞼を閉じた。

 

「……まぁ、都合がいいな」

 

 二度と、あの家に戻れない事。家族に会えない事。日曜日に戻ると嘘をついてしまった事。
 その全ての事実の感傷に浸るならば、あいつの姿は近くに無い方がいい。
 眠りに落ちる少しの間、ちょっとだけ、もう二度と戻ることの出来ない場所に想いを馳せよう。
 次に目覚めた時、Lとまた滞りなく戦えるように。

 次に目を覚ました時、視界に映った空間に、まさかここまで光景が変わることになるとは思わなかったと、僕は感嘆の吐息をこぼしながら呟いた。

 

「ここが、僕の新しい生活スペース、か」

 

 これはまた、随分と気前がいい場所だ。
 僕の意識が戻って最初に目にしたのは、まさに豪華としか言いようのない様々な調度品が整ったクラシック調の部屋だった。
 映画のセットだとか、海外の由緒正しき貴族の城だとか、そういったところでしか見ないような家具が品良く並んでいる。が、唯一そういった場所と違う点を挙げるとすれば、この部屋のどこにも窓がないことだろうか。
 その違和感に、僕はすぐにここがどういう場所なのかを察する。

 

「なるほど、地下室、ね」

 

 天井から吊り下がっている豪勢なシャンデリアのおかげで暗さは一切感じないが、本来窓があるような壁はすべて本棚や家具で埋まっており、ここが地下なのだと言うことを如実に語っていた。
 僕の捕らえる場所を地下室にしたのは、単純に脱走防止のためと、それから地下の方が機密性があるからだろう。つまりは僕を眠らせた時のように、地下であればガスを充満させやすい。本当にいざとなれば、この部屋に致死性のガスを流して僕を殺すつもりなのは明白だ。
 と言う事は、僕をここに運ぶまでの間にわざわざ作らせた部屋と言うことになる。Lが捜査本部のビルを建てた時から思っていたが、あいつはこういうところに関して金を惜しまないというか、捜査員の福利厚生の事でも考えているのか、あるいはLの趣味自体なのかは知らないが、世界有数の高級ホテル並みに作ってくれる。まぁ、仮にも以前の時間でLに成り代わった身としては、あいつを支援する資本家たちから入金されていた金のことを思うと、そもそも深く考えてすらいないのかもしれないが。結局僕が触れることのできなかったL名義以外の個人資産も含めれば、この程度の部屋の用意は簡単なのだろう。
 と、そこまで思い出してみて、そういえば僕がニアを追い詰めたときに、あいつがビルから脱出するためにLが残した個人資産の札束をばら撒いたせいで取り逃したことがあった日の事が蘇ってきて、思わず唇を噛み締める。
 その時、ノックが聞こえたため音の方向に振り向いてみれば、恭しい態度と共に燕尾服を纏った老紳士、ワタリが部屋の中へと入ってきた。

 

「おはようございます」

 

 部屋の調度品とも相まって、まるでイギリスのビクトリア朝時代を描いた映画のワンシーンのような印象を覚える。が、実際のところこのワタリという老紳士は、スナイパーライフルを自在に操り、第三のキラである火口を捕らえる際に、ヘリの中と言う不安定な足場であっても見事に狙いを撃ち抜いた、Lの右腕に相応しい超人だ。それを考えると、これはアメリカのスパイ映画のワンシーンと言うべきかもしれないと、僕は警戒しながらも愛想良く挨拶を返した。

 

「おはようございます、Lはどこに?」

 

「そろそろ、こちらに来ると思います。その前に、着替えの用意が出来ましたので、お渡しに来ました」

 

 そう言ってワタリが渡してきたのは、僕がLと共に捜査本部でキラを追っていた頃に着ていたものとよく雰囲気の似た、シンプルながらも品の良いシャツとスラックス、それから下着と靴の類い一式だった。そういえばまだ、あいつに身体検査されたときの病衣のままだったなと自分の体を見回して思い出す。
 それと同時に、全身の拘束は外されていたが、唯一手錠だけがそのままである事にも気付き、もしかしてあいつ、手錠だけはずっと付けておくつもりなのかと疑問が浮かんでくる。
 僕がそう、鈍色の重たい手錠を凝視していると、すかさずワタリからフォローが入った。

 

「そちらの拘束具に関しましては、Lの方で鍵を持っていますので、後で解除を依頼してください」

 

「あぁ、はい、分かりました。わざわざ、ありがとうございます」

 

 そうでもないと日常生活が不便で困る。なんて心の中で思いながら、ワタリが来た時と同じように恭しい態度で部屋から出て行く姿を目で追っていた時。入れ違うように、こちらは一切の気遣いと言うものを知らない横柄な態度で、Lがノックも無しに部屋へと入ってきた。

 

「月くん、おはようございます」

 

 相変わらず白いシャツとジーンズの変わりない姿をしたLは、海外のテレビドラマでしか見たことのないカラフルな色合いをしたロリポップをガリガリと噛みながら、僕の目の前にあるソファに座った。
 全く待ってワタリから感じるイメージとは正反対だとは思いつつも、その対比がまたLが世界の切り札と呼ばれる天才であることを表しているようだと思った。
 そんな、デスノートとはまた違った非日常的な世界に足を踏み入れた実感を抱きながら、僕は一応はLの挨拶にも応えてやる。

 

「あぁ、おはよう。驚いたよ、てっきり牢獄みたいなところか、真っ白で何もない部屋みたいなのを想像していたから」

 

 特に書籍の類が豊富にあるのがいいねと、僕は部屋の壁を一面埋める本棚に視線を向けながら言う。
 スポーツで体を動かしたいと言う気持ちも無論あるが、僕が一番持っているのは知的好奇心だ。それを満たしてくれる本が多いと言うのは心の潤いになるし、軽く見回したところ言語がバラバラなのも、Lを手伝う上で多言語が分かっておく必要があるから勉強になって良いだろう。
 何より今後、ずっと監禁されるのであれば退屈な時間が続くことも多いはずだ。Lが普段活動している時どの程度のペースで事件に関わっているかは知らないが、キラ以外に、あの天才をそんなに長く悩ませる犯人などいるわけがないという自負がある。
 だからその辺に関しては素直に感謝をしてやろうと、僕は礼儀としてLに向けても人好きのいい笑顔を浮かべた。

 

「こんなにも立派な部屋を用意してもらえていたなんて、退屈しなさそうだ」

 

「お伝えしていた通り、現在の月くんはあくまで『将来的にキラになりえる犯罪者候補』に過ぎませんので、あまり罪人のような扱いをするのは正当ではないと考えています。無論、貴方が以前の時間でキラとして活動していたことも、今現在の自分の罪であると認め、自分から監獄のような場所に入りたいと望むならばご用意いたしますが」

 

 そう告げるLの視線は、冗談と言うには真実味を帯びている。
 おそらく本当に僕がそうしてほしいと言えば、今すぐにでも言った通りの監獄みたいな場所を用意する準備があるのだろう。全く以て悪趣味な奴だと心の中で蔑みながら、そんな生活環境が悪い場所をわざわざ選ぶわけがないだろうと苦笑を浮かべる。

 

「はは、遠慮しておくよ。どうせ生活するなら、こういう豪華な部屋のほうがいいからな」

 

「では、当分はこちらの部屋で生活してください。必要なものがあれば用意しますので、遠慮なく言っていただければ」

 

「遠慮なくって言うけど、そしたらパソコンが欲しいとかいう要望も聞いてくれるのか?」

 

「用意するにあたって、基本的には私の監査を通しますが……そうですね、個人的なパソコン程度でしたらいいでしょう。用意しますよ」

 

 意外にもあっさりと受け入れられた自分の要望に、こいつは一体どこまで僕のことを舐めているのかと、苛立ちが僕を支配する。
 Lは間違いなく僕のハッキングの技術がどの程度あるか知っているはずだし、死んだ後も僕のことを見ていたと言うならば、警察庁に入庁後どの部署にいたかも、どんなシステムを作ったのかも知っているはずだ。それでいて僕に仕事の上で触れさせるならともかく、個人所有のパソコンまで認めるとは一体どういうつもりだ。
 外部とつながっていないスタンドアロンならば制御できると思っているのか、自分の技術の方が上だと思っているのか。どちらにしろ、僕に警戒がなさすぎる。
 僕を舐めるのも大概にしろ、それならばこちらにも考えがある。と、僕は一つLを揶揄う方法を思い付いて口角を上げた。

 

「そうか、それなら用意してほしいかな。あと、もう一つ欲しいものがあるんだけど」

 

「はい、なんでしょう」

 

 僕がこれから何を言い出すかさほど気にしていない様子のLに、僕はさも当然かのような口調でその言葉を告げる。

 

「お前が管理してるデスノートが欲しい」

 

「……それはキラに戻る意思ありと見ていいんですね?」

 

 ようやくこちらを凝視したLに、僕が求めていたのはそうやって僕を一番の敵だと睨むお前だと、思わず背筋が震えた。
 しかし、個人用のパソコンにはたいして反応せず、一方デスノートに関してはこれほどの反応とは、どうやらLの中で僕への警戒は『デスノートを所有している状態』以外ではあまりしなくていいと思われているらしい。
 確かにデスノートを持っていない僕は、現状ただの高校生――どころか今はまともな身分証すら持たない密入国者か。その程度にしか過ぎず、デスノートさえ渡していなければ安心と言うのも、Lが持っている社会的地位や金、政治的な影響力を前にすれば分からないでもない。
 しかし、理解できるのと納得できるのとはまた別の問題であり、何より僕自身が気に食わないと、せめてもの腹いせにLへ向けて嘲笑を浮かべた。

 

「おいおい、冗談くらい軽く受け流せよ。直接お前にデスノートが欲しいとか言うなんて、どう考えてもふざけてるだけって分かるだろう?」

 

「そうですか、では金輪際二度とその手の冗談は止めてください。人間的な扱いがされたいのならば」

 

「今度僕がデスノートを渡せと言ったら、僕を誰の目も声も届かない場所に監禁するって? L、僕が本気でデスノートをお前から取り戻そうとしているなら、存在すら忘れる頃か、もっと他の賢い方法を選ぶ事くらい想像つくだろう。むしろ今の僕にキラに戻る意識がないって信じてほしいくらいだ。僕の肉体はともかく、精神的には互いにいい年の大人なんだから、もう少し冗談とかも気楽に行こう。…………というか、お前っていくつなんだ? 結局、前の時は分からなかったけど」

 

 どんどんと不機嫌になっていくLの顔に、仮にも僕の生殺与奪を握っている相手とは言え、ここまでLが僕の煽りに乗ってくるのは実に気分が良かった。
 特に今までLにキラとして思うことがあったとしても、あくまで表面上は一緒にキラを追う者として隠していたせいだろうか。こうして一切隠すことなく、Lに対して実際に思ったことを口に出せると言うのは、実に精神的にいい。正直言って癖になる。

 

「私達の関係で伝える必要性がないので、秘密です」

 

 一方、Lが随分と苛立っている事は肌で感じるほどに伝わってくるが、どうやら言葉で多くを伝える気はないらしい。Lは自分の年齢のことをそうやってごまかすと、ガリガリとロリポップを煎餅でも食べるかのようなスピードで噛み砕いては咀嚼していった。
 そうやって、あくまで僕の挑発に乗ってこないことで抵抗の意思を見せるLに、それならばさらに煽ってやろうと、興奮した精神はさらに僕を機嫌良く喋らせた。

 

「っは……、今更随分とつまらないところで秘密なんて抱えるんだな。そんなに僕へ自分の情報を開示したくないのか。相変わらず幼稚で負けず嫌いな奴だ。ずっと僕を天国だか地獄だかで見ていたって言うなら、お前もその分年を取っているだろうに。僕の方が年相応に成長している分、案外お前より僕の方が大人なのかな?」

 

 さぁ、ここまで言われて、まだその飴をおしゃぶりのように噛み続けるだけか。と、挑発的な視線でLを見つめた時だった。
 Lはロリポップを全て舐め――正しくは咀嚼し終えると、ゆっくりと立ち上がり僕の目の前までやってきた。
 一体何をするつもりなのかとLを見上げると、そこには相変わらず不機嫌そうな、どこか目の据わった男の表情があった。

 

「……そうですね、私の精神は貴方が十八歳の頃と変わりません。幼稚で負けず嫌いな子供です。なので、どうしても抑えきれない事があります」

 

 一体何が抑え切れないのか。
 それを推察する前に弧を描いて脚が伸びてきて、僕の体は大きく跳ね上がり地面に叩きつけられる。
 しかし、その痛みに悶える前に、鼓膜を震わせた音のせいで、全ての意識を持っていかれた。

 

「よくもワタリを殺してくれたな、キラ」

 

 今まで聞いたことのない、Lの感情的としか言えない声色だった。
 その憎悪を滾らせたとしか言いようのない声に、僕はこいつにそんな復讐心みたいなものを覚える心があったのかと驚愕した。
 Lは地面に倒れた僕の上に跨ると、僕の胸ぐらを掴み上げながら、ぐいと顔を近付けてくる。その際に見えたLの憎悪を滲ませた瞳に、思わず背筋に寒気が走って息を飲んだ。

 

「私も貴方に殺されましたが、その部分に関してはとりあえず今は、特に気にしていません。キラは私を殺そうとして、私もキラを捕まえようとしていた。そこについてどうこう言うつもりはありませんし、現状貴方を捕らえていることで相殺だと考えています。ですが、ワタリのことは別です。ワタリ自身が貴方に恨みを抱いているか知りませんが、私はその点で言えばキラを恨んでいます。なので、これはその『一回』です。貴方がキラであった事実について、もう少し罪悪の念を感じて、思慮のある態度を取っていただいていれば表に出すつもりはなかったんですが……。すみません、月くんが言った通り私の精神は貴方より子供ですので、つい我慢が出来ませんでした。ご理解いただけましたか?」

 

 つらつらと並べ立てられた言葉に、そういう所が負けず嫌いで幼稚なのだと、僕は改めてLという人間に苛立ちを覚える。

 

「……あぁ、そうかよ」

 

 僕がそう、静かに返事をすると、Lは理解いただけて良かったですとでも言うかのように笑みを浮かべると、すぐに飽きたようにいつもの無表情へと戻った。

 

「では、月くんの手錠を外します」

 

 Lはジーンズのポケットから鍵を取り出し、いつもの慣れた作業といった様子で僕の手錠を外すと、それを部屋の隅に投げ捨てながら立ち上がった。

 

「服は先ほどワタリから渡されたものを着用してください。他の着替えについては寝室のクローゼットに用意してありますので、そちらを利用するように――ッ」

 

 先程僕の体が浮き上がったのと同じくらいの勢いで、大きく体を跳ねさせ地面に叩きつけられたLの姿に、手錠を外した僕に背中を向けたのを後悔しろと嘲笑を浮かべる。

 

「懐かしいな、竜崎。一回は一回、だったか?」

 

 かつて捜査本部のビルで呼んでいた名前で、昔このような状況になった時言われた言葉を繰り返す。
 そして、先程までLにされていたのとまったく同じように、あいつの上に跨り胸ぐらを掴んで、僕に殴り飛ばされた顔を覗き込んだ。
 ああ、そうだよL。
 どれだけ精神が年を重ねていようが、大人ぶった態度をしてみようが、結局僕も根本的な部分は、あの頃と変わらない。
 今のお前が子供で幼稚なように、結局今の僕も子供で幼稚で、信じられないほどに負けず嫌いなんだ。

 

「今日、ここに来て話した事で、二つ伝えたいことがある。一つ目、僕はキラとして活動していた事を自分の罪だなんて考えたことはない。たしかにキラはその過程で悪であったことはあるかもしれないが、しかし世界にキラの秩序は浸透して、新しい正義になっていた。僕はキラとして正義を行っていた。だからキラである僕には罪がないから、現行の法律上はともかく罪人みたいな扱いはされるべきじゃないと思っている。こういう部屋を与えられて当然だと思っているよ」

 

 そして一方で、こいつは僕のことを史上最悪の大犯罪者であったと認識して、それ相応の振る舞いをしろと言ってくる。
 己の前で、自分がキラであったことを茶化すような事を言うなと。
 お前が犯した罪の重さを考えろと。
 Lがそう考えていること自体には、さして驚きはない。
 僕はキラが正義だと考え、Lはキラを悪だと考えた。
 それは僕達の間にある、永遠の平行線だ。
 僕が僕である以上、そしてLがLである以上、この考えが交わることはない。
 しかし、だからこそ僕はLの憎悪を受け止めない。受け止めてなどやるものか。

 

「二つ目。お前、身内には随分と甘い人間だったんだな。言っておきたいんだが、キラが殺した人間については、僕は全てキラの正義の元において正当な理由があると考えている。当然だ、キラは私利私欲でノートを使った事はないし、今後も決してそんな理由で使うことはない。キラが殺すのは、キラの正義の中で悪と判断された奴、新世界の創造を邪魔すると判断された奴だけだ。だから僕は、誰の死についても間違っていたと懺悔なんてしない。犯罪者を殺した事も、お前を殺した事も、お前の大事なワタリを殺した事も、FBIを殺した事も、そのフィアンセを殺した事も、警察庁長官を殺した事も、大統領を殺した事も、マフィアの奴等を殺した事も全部、正しかった。僕がキラとして、新世界の神として、この世界の新たな秩序になるために必要な犠牲だったと考えている。だから僕は、お前の『一回』を自分が悪い事をしたから、罰を受けて仕方ない『一回』だったなんて思わない。何故ならお前の『一回』の理由であるワタリの死は僕にとって正当な行為で、僕を殴ったお前の行動はただの私怨だからだ。お前の身内が殺された憎悪なんて、僕は絶対に受け止めてなんかやらない。だから今の『一回』は、お前がやった『一回』のお返しだ。理解してもらえたかな?」

 

 Lが僕に言った言葉を真似て、これでようやく互いに『一回』でイーブンになったなと笑う。
 そんな僕の姿に、Lはキラに対する敵意を隠すことなくこちらへ晒しながら、しかしどこか憐れむように僕を見つめた。

 

「キラ、お前が切欠の死を全て正当化するなら、夜神総一郎の……自分の父親の死も正当化するつもりか」

 

 この場でしてくる問いかけがそれかと、それで僕の心を乱せると思ったLに失望を抱きながら、何を言っているのかと僕は首を傾げる。

 

「正当化もなにも、夜神総一郎は新世界の正義の為に死んだ。その為の礎になった、尊い死だった。だから、惜しい人を亡くしたとは思っても、僕は父さんの死について懺悔もしないし、誰かに許しも乞わない」

 

「お前は、父親の死も肯定するのか。悲しい存在だな、キラ」

 

「何を言っているんだ、L。僕のいったい何処に、憐れむ要素があるんだ?」

 

 この僕が、キラが生きてきた一生に、何一つ間違っていたことなんて、あるわけない。
 ましてや、悲しい存在だと憐れまれることなど、あるわけがない。
 しかし、Lは変わらず僕を睨んだまま表情を変えることなく、自分の中の『一回』を相殺するために、いつ僕に再び蹴りを入れるか機会を窺っている。
 ああ、この感じ、とても懐かしいな。
 いつだかの捜査本部で、僕もお前も本気でキラを捕まえようとしていた時のような。実際は、記憶を失ったキラが自分で作り上げた偽物のキラを追っていたというだけの、既にレムに殺させる手立てを組んでおきながら偽りの友情を育んでいた、ただの茶番劇を演じていた時のようだ。
 それならばと、僕もいつLの『一回』が来てもすぐ反撃できるようにと、拳を握りしめ――そして、大きくため息を付きながら、拳の力を抜いた。

 

「……このまま、一回は一回を繰り返したところで、現状止めてくれるのはワタリさんだけだ。お前があの人のことを労わりたいなら、こんな喧嘩の仲裁に付き合わせるのは止めておけよ」

 

 あの頃は、松田さんや、時には父さんといった、僕らが喧嘩をはじめれば止めてくれる人がいた。だが、今の僕たちを止めることが出来るのは現状、この部屋を監視しているであろうワタリ一人。たしかにあの人はスナイパーライフルも使いこなす熟練のスパイのような人物だ。しかし、キルシュ・ワイミーという人間が高齢であることを彼の正体を知り、Lの死体と共に密葬した僕は知っている。
 Lがどう考えているかは知らないが、少なくとも僕はこの喧嘩の仲裁を彼に任せる気はしなかったし、もしも止めてくれなければ僕らはそれこそ互いに疲れ果てるまで殴り合っていただろう。そして僕もこいつも、互いに疲れたなんて意地でも認めない子供だ。
 だったら、せめて初日くらいは、互いに拳を収めるという方法を取ったほうがいい。
 そう提案した僕に、Lは信じられないものを見たといった様子で首を傾げた。

 

「驚きました。私が死んだ頃の貴方であれば、このまま殴り合いが始まると思ったんですが」

 

「言っただろう、僕もいい年した大人だって。あの頃はお前の煽りに乗って大胆な行動に出てしまった事もあったが、今はもう少し冷静になれる」

 

「私と違って、ですか?」

 

 そう、先ほどの散々煽ってきた僕を馬鹿にするように言ってきたLだったが、あいつの態度にも先ほどの今にも殴り合いをはじめようとする気概は消えていた。
 その様子に、こいつも案外、そういう部分への思慮はあるらしいと笑う。

 

「ああ、そうだよ、お前と違ってね。それに……あの頃、お前と喧嘩していたのは、キラじゃない僕だったから。純粋にというか、多分、お前のこと本気で仲間だと思っていた、と思う。だから、お前がキラ事件にやる気がないのが許せなくて、信じてほしくて、お前と本気の喧嘩が出来たんだろう」

 

 あの頃の記憶、何を考えていたのか、何を感じていたのか。
 正直に言って、キラとしての記憶を取り戻してしまった僕は、あまりはっきりと覚えていない。
 それだけキラとして生きてきた記憶が色濃く、今までの自分など綺麗に忘れてしまうほどだったのか。
 もしくは、デスノートで失い、そして取り戻した記憶というのはそういうものなのか。
 あるいは、人生で初めて本気の喧嘩をするほど向き合って、共にキラを追う仲間として信頼して、自分と同じレベルで物事を考えられる存在に感動して、ずっと手錠で繋がっていてもいつの間にか馴染んでしまった。
 そんな人間を殺した事実を忘れたくて、自分からあの頃の記憶を忘れたのかもしれないが。

 

「……今の私達も、協力関係にある立場だと思いますが」

 

 僕がそんなことを考えていると、Lも似たようなことを考えていたのだろう。
 しかし、Lは殺された側だからなのか、そもそも僕が記憶を失う前であろうと後であろうと変わらずキラだと疑っていた為か、その頃と今の何が違うのかと問いかけてきた。
 だが、あの頃の僕と今の僕とでは明確に違うのだと、僕は呆れを笑いに携えながら教えてやる。

 

「ああ、名目上はな。だけど僕は元キラで、いつかお前からLの座を奪ってやろうと画策している、寝首を掻いてやろうと思っている人間だ。お前が油断するのは勝手だけど、あんまり僕に危機感を抱いていないのは、それでそれで気に喰わないから忠告しておくよ」

 

 少なくとも、僕は決してLの都合のいい駒に収まるつもりは一切ない。
 いつまでもLに僕の生活や、それこそ生死の権利を委ねるつもりもない。いつか必ずこの豪奢で煌びやかな、けれどいつでもLの意思で殺せる地下牢獄から抜け出してやる。
 その為には妥協など一切しないし、本気でLの立場を奪うつもりだ。
 だからお前が僕に対して油断しているようであれば、すぐにお前の立場が危うくなる。これは、そのゲームが退屈にならないように、あくまで僕のフェアプレイの心と、それからお前への対抗心によって警告しているだけにすぎない。
 僕がそう首を傾げながら伝えれば、Lはどこかわざとらしい、落ち込んだ様子で口を開いた。

 

「はぁ……共にキラ捜査をしていた頃の月くんが恋しいですね。記憶がない頃の月くんは純粋で愛らしい所もありましたから。」

 

「気色の悪いこと言うなよ。そもそも、お前、僕の記憶があろうがなんだろうが、僕のことなんて何一つ信じてなかっただろう?」

 

「はい、その通りです」

 

 先ほどの落ち込んだ振りはなんの為だったのか、Lは僕が言った事の全てがその通りだとすぐに認めると、ぎょろりと黒い瞳を僕にジッと向けながら、決してお前を逃さないとキラを見る視線で、僕を覗き込んできた。

 

「貴方がキラではないと思ったことなど一度もありません。常に貴方がキラの容疑者で、私は月くんにキラであって欲しいと考えていました。なので記憶がない頃の月くんは実に白々しいと感じていましたし、正直言って私に直接敵意を向き出してくる今の貴方の方がより強くキラを感じられて好ましく思います。安心してください、月くん。私は貴方に対して油断などしていません。油断していないからこそ、貴方を此処に捕らえているんです」
 それを理解していないのは、お前の方だ、キラ。
 と、Lは自分がいかに本気であるかを伝えるために、さらに言葉を並べ立てはじめた。

 

「月くんも既に察している通り、ここは地下で、いつでも貴方を殺せる致死性のガスが流せます。貴方が私を殺すか、あるいは人質などにした時点で、私と共に貴方を殺すようワタリに指示してあります。私も自分の命は惜しいですが、しかしキラという存在を世に解き放ってしまう事を考えれば、いくらでも命をかけられます。そして私は、自分の人生をかけて貴方を捕らえ続けます。監視だけであれば、どこか信頼のおける国や組織に任せるのが楽ですが、貴方の場合は私が直接監視しなければ捕らえ続けられない。そう危惧しているからこそ、私はわざわざ自分自身の目の届く範囲に、貴方を置いているんです」

 

「……随分と、熱烈だな」

 

「ええ、かつて私を殺したキラ相手ですから。どんな犠牲も手間も時間もお金も、私の命ですら厭いません。まぁ……もっと正直に言えば、私としては貴方を殺してしまうのが、全ての問題が解決して楽なんですが」

 

 そう言いながら、Lはジーンズのポケットの中から先ほど食べていたロリポップの色違いを取り出すと、再びそれをバリバリと音を立てながら咀嚼をはじめた。
 まったく困った事ですと、まるで不貞腐れたような表情のLに、僕は今更何に悩んでいるのかと嘲笑う。

 

「分からないな。キラを捕まえる為なら死刑囚を自分の身代わりに殺したような奴が、今更人を殺すのを躊躇するなんて。ああ、それとも自分の手で殺すのは嫌だってことか? それこそ、ワタリに頼むでも、アイバーやウエディみたいなプロを使えばいいだろう」

 

「まるで殺してほしそうな口ぶりですね、月くん。貴方にそんな希死念慮があるとは思いませんでした。それとも性癖でしたか?」

 

「馬鹿言うなよ。今までのお前の行動を見てきた、僕の単純な感想だ。最初に一生監禁されると聞いた時はそこまでするのかと思ったけど、こうして受け入れた今となっては、むしろお前が監禁なんて面倒な方法を取った理由がよく分からなくなったよ」

 

 少なくとも僕が知っているLは、たとえ自分の手で殺すことになったとしても躊躇など抱かない人間だ。
 それが何故、今更になって、愚痴を零すように殺した方が簡単だったと言うのか。どうにも推理が結びつかず、Lの意図が掴めないでいると、あいつは不機嫌そうな表情で噛み砕いた飴を飲み込んだ。

 

「私が捜査の為に使うのは死刑囚、既に死が確定しており覆せない者だけです。そうではない、少なくとも現状、まだ誰も人を殺していない月くんを殺して解決するというのは、私の中にある倫理観にそぐわない。という理由が大きいです。ですが――月くんが、あまりにもキラに成ろうとする傾向が見られる場合、私のこの倫理観の基準に当てはまらなくなりますので、その辺りは重々承知しておいてください」

 

 だから、もう先ほどのような冗談も挑発も許さない。
 それを再び口にした時、お前はもう、自分が殺されてもいいと覚悟を決めたと見なす。
 そう、鋭い視線で語ってくるLの姿に、僕は背筋が震えるのと共に、とてつもない満足感を得たことに気付いた。
 ああ、これだ。何時からだったか、僕の中でずっと欠けていた、スリルへの興奮。きっと、Lを殺してからずっと僕を支配していた、喪失感が今、埋まっていく。あのどうしようもない苛立ちが、苦しみが、満たされない心が、Lの形をしていたなんて。よくよく考えれば拒絶したい事実のはずなのに。
 それでも、これが僕の追い求めていたものだと、本能が喜んでいるのを感じた。

 

「ああ、分かったよ。お前が僕をちゃんと警戒しているなら、それでかまわない」

 

「はい、私もご理解いただけたならば幸いです」

 

 僕らの間に、静かな沈黙が流れる。
 それは、互いに相手をどうやって手の内に収めてやろうかと見定め、思考を回転させる、実に心地の良い沈黙だった。
 しかし、Lへの対策を考えようとした時、やはり無視できない感覚が蘇ってくることに気付き、僕はひと段落した会話への安心感もあってため息を吐き出した。

 

「さて……話を変えて悪いんだが。いい加減お腹が空いたんだけど、このまま僕を飢え死にさせるつもりがないなら、食事の用意をしてもらっていいか?」

 

 考えてみれば、学校で昼食のパンを食べてから、何も口にしていない。
 あれからどれほど時間が経ったのか。少なくとも一日以上は過ぎていると思うが、こっちは喉の乾きまで我慢しているというのに、目の前でこれでもかとお菓子を貪り食われる事にさすがに苛立ちを覚えてきた。
 たのむから、せめて水でもいいから飲ませてくれという僕の要望に、Lはそういえばと思い出したように扉へ視線を向けた。

 

「あぁ……そうですね。隣の部屋がダイニングルームになっていて、食事が用意してあります。後でご自由に食べていただいてかまいません」

 

「あぁ、それはどうも。じゃあ、さっそく頂かせてもらうよ」

 

 ようやく手錠も外してもらった事だし、とソファから立ち上がった僕に、Lも同じ様に立ち上がった。
 まさか、食事の時も一緒に監視するような、以前手錠で繋がっていた頃のような監視方法なのかと訝しむ。
 だが、Lは僕の後に付いてくることなく、自分が入ってきた――おそらく外部に繋がっているであろう扉へと向かいながら、僕へと話しかけてきた。

 

「それから、五時間後にさっそく向かっていただきたい場所があるので、用意をしておいてください」

 

「あぁ、お前の仕事の手伝いってやつか。分かった。どんな準備をすればいいんだ?」

 

「月くんには、とある施設の臨時職員として一週間程度滞在していただきます。着替えやトランクは寝室にありますので、ご自由に見繕ってください」

 

 こいつ、つい先ほどまで僕のことを警戒していると言ったくせに、最初に与えてきた仕事が外部に滞在するものとは、何を考えているんだ。
 本気で僕を警戒するつもりがあるのかと、再びLの本気を疑いはじめたが、しかしLが本気だろうが油断していようが、もうそれを指摘したり、警告してやるような優しさを持ち合わせてはいない。
 先ほどの会話を終えた時点で、もう互いに理解しているはずだ。一瞬の油断で全てが終わると。
 だから僕は、Lの言葉に笑顔で頷き、どう欺いてやろうかと考え始める。

 

「……分かった。それで、どんな施設なんだ」

 

「ウィンチェスターにある、ワイミーズハウスです」

 

 瞬間、聞こえてきた単語に、本当にこいつは何を考えているのかと、相も変わらず僕の想像を飛び越えていく奴だと、昔を思い返しながら僕は問いかける。

 

「おい、お前、それって」

 

「はい、夜神月。貴方には、ニアとメロの語学教師としてハウスに滞在してもらいます」

 

 ああ、ここにきて、あの二人の名前を聞くことになるなんて。
 やっぱりL、僕はお前のことが、この世界で一番、大嫌いだよ。

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