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「リトライ・ライフ」
​3

 

「では、今日から一週間、よろしくお願いします」

 

 僕はそう、いかにも好青年といった声色で、外向きの笑顔を全面に張り付けながら挨拶を口にした。
 しかし、内心ではそんな笑顔など今にも崩してしまいたいほど、なぜ自分がここに来ることになったのか、未だに納得がいかない。

 世界各国にある、ワイミーズハウスと呼ばれる養護施設。
 キルシュ・ワイミーという天才発明家によって創設されたその養護施設はただの孤児院ではなく、様々な才能を持った子供達を集め、その才能を開花させることを目的とした特別な施設だ。
 中でも、イギリスのウィンチェスターにあるワイミーズハウスは、あの世界の切り札と呼ばれる名探偵『L』の後継者を育てることを目標としており、世界中のワイミーズハウスの中でもとびきりの天才達が集められている。
 という話は、僕がニアとメロについて調べていた時に聞いた話であり、実際にそのワイミーズハウスの運営に関わっている――というより、創始者そのものであるワタリからも旅立つ前に聞いた話だった。
 そんな場所に何故、僕が言語教師として配属されたのか。
 Lが何を考えて僕をここに送り込んだのか、まったくもって頭がついていかないが、目隠しをされて数時間、気付けば僕はこの施設の門の前に居た。
 ああ、もう一つ、Lが何を考えているのか分からないことがあった。

 

「はい、よろしくお願いしますね、キラ先生」

 

 あれほど僕がキラに戻る兆候があれば殺すと豪語していたはずなのに、僕のここでの偽名はあろうことに『キラ』だった。Lがワイミーズハウスに送ったという履歴書を直前に確認した時、年齢だの経歴だの、他はほとんどデタラメの内容だったのに、なぜ名前だけを『キラ』にしたのか。
 悪意か、悪戯心か。いや、多分悪意だ。
 あいつ、前々から何を考えているのか分からないと思う部分は多々あったが、今回のことに関しては一番わけが分からない。と、僕が秘かに困惑していると、案内役の施設職員が世間話といった様子で話しかけてきた。

 

「職員も子供達もみんな偽名が必要なんて、驚きますよね」

 

 どうやら僕へのLへの混乱を隠しきれていなかったらしい。
 まさかこんなにも簡単に動揺している事を気付かれてしまうとは、全てはこんな任務を与えてきたLのせいだと、あの憎らしい男に責任転嫁をする。
 とはいえ案内役の彼は、僕の動揺は偽名を名乗ることについての混乱と受け取ってくれたらしい。

 

「あ、あぁ……そうですね。特別な施設だとは聞いていたんですが」

 

 僕が心の中では安堵しつつも、そう苦笑混じりで告げると、彼は僕と同じ様な苦笑を浮かべた。

 

「私も最初は驚きました。でも、ここで生活している子供たちを見ると、偽名くらい普通なのかなって思うようになりましたね」

 

「そんなに、飛びぬけた子供たちばかりなんですか?」

 

「そりゃもう! たまに、自分の専門分野でも追い抜かされるんじゃないかと思いますよ。実際、追い抜く子供も居ますし」

 

 なるほど、それは確かにすごい話だと、僕は庭先で遊ぶこの施設の子供たちに視線を向けた。
 Lから聞いた話では、このワイミーズハウスで教鞭を振るうのは、各分野の優れた専門家たちであり、普通の学校のような授業はまず行わないのだと言う。
 という事は、彼もまたその優れた専門家の一人であり、そんな人間さえ追い抜くような子供が在籍しているということだ。
 そして『専門家さえ追い抜く子供』というものに、僕は心当たりがあった。

 

「とくに飛び抜けているのは。ニアとメロという子供たちですね」

 

 やはりその名前を聞くことになるのかと、僕はそうなんですかと相槌を打ちながら、あの憎たらしい姿を思い返した。

 

「この二人は、タイプはまったく違うんですが、本当に頭が良くて……。神が与えたもうた才とはこういうものを言うのかと、いつも教師側が驚かされています。きっと、彼らのような子達が、ミレニアム問題を解いていくんでしょうね」

 

「はは、そんな子達を相手に教えるなんて、なんだかプレッシャーを感じますね」

 

 正直に言って今あの二人に抱いているのはプレッシャーと言うよりも殺意だが、あくまでここでの僕は感じの良い語学教師のため、そう謙遜と共に笑いをこぼす。

 

「そういえば、キラ先生はニアとメロの専属でしたね。えっと、たしか、語学がご専門だとか」

 

「はい。日本語と、それから心理学も少し」

 

 と、Lが僕によこした資料にはそう書いてあったので、僕はその通りに答える。
 正直に言って日本語を教えたこともないし、心理学に関しては大学の教養科目で犯罪心理学を少し学んだ程度だ。とても専門家と言えるほどではないが、おそらくLの事だ。必要になればその都度覚えろと言うことなのだろう。全く以て無茶を言ってくれる。
 まぁ当然だが、僕にできないわけがないけれど。

 

「ニアは少し癖のある子ですが、メロに関してはそこまで心配することはありません。普段は、ただの悪戯好きな子供ですから」

 

 天才児と言えど、そういったところは普通の子供と変わりありませんよ。
 と、案内役の彼は笑っていたが、ニアの評価は別として、メロの評価に関しては本気かと疑いたくなる。普段はただの悪戯好きな子供は、ミサイルにデスノートを積んで発射したりはしない。
 おそらく、メロも普段の態度は良いが、中身が吹っ飛んでいるタイプの人間なんだろう。とはいえ、ニアの社交性と言うものをどこかに置き忘れてきたようなタイプよりは、あくまで生徒と教師として付き合う上では楽だろうが。

 

「心しておきます」

 

 とりあえず、殴らないようにだけはしておこうと考えながら渡り廊下を歩いていると、案内役の彼が手元の資料を見ながらポケットを探り始めた。

 

「では、先に部屋の方へ……あ、すみません。ちょっと鍵忘れてきちゃったので、取りに行ってきます。ここで待っていてください」

 

 そう言って階段を上っていく後ろ姿を見送った後、僕は渡り廊下から少し身を乗り出して、中庭に足を踏み入れる。
 今は休み時間といったところなんだろう。小学生から中学生くらいと言った子供たちが、年齢を問わず集まって鬼ごっこだのサッカーだのと遊んでいる。
 その姿だけを見れば、ごく普通の学校のようにも見えたが、しかしその中に自然と紛れる、山のように積まれたスケッチブックに絵を書く子供もいれば、コンクリートの地面に一心不乱といった様子で数字ばかりを書いている子供もいる。
 しかし特に誰もそれを気にする様子はなく、ごく普通の日常風景として受け入れていた。

 

「随分、色んな子供が居るんだな」

 

『ウィンチェスターのワイミーズハウスは特に優秀な子供を集めていますので』

 

 耳元で聞こえてきたLの声に、僕は通信機となっている黒縁のメガネを触りながら、小さく周囲に聞こえないように返事をした。

 

「あんまり頻繁に話しかけるなよ、お前の声を聞くとたまに顔に出そうになる」

 

『はぁ、月くん、こういう見えない存在に話しかけられるのは慣れていると思ったんですが』

 

 例えば死神のように。と、どうやら死後に僕を見ていた場所からならば死神の姿も見えていたらしいLは、なぜ私ならダメなんですかといった口調で聞いてくる。

 

「まぁ、リュークに関しては気が許せていたっていうか……ペットみたいなところがあったから、何言われても気にならなかったけど」

 

『……では、私のことはなんと?』

 

「心臓に悪い背後霊」

 

 実際に、前の時は殺したから、そんな相手から聞こえる声なんて背後霊以外のなにものでもない。
 と、僕が思ったとおりのことを言ったところ、通信機の向こう側のLが、明らかに不機嫌そうに唸った。
 その時、日本では聞き慣れない鐘の音が鳴り始めた。
 どうやら何かのチャイムらしい、庭で遊んでいた子供たちが建物の中へ戻っていく。
 だがその波に逆らって一人、僕のいるすぐそばで一心不乱に数字を書き殴っている子に近寄ってくる少年が居た。

 

「オウル、お祈りの時間だぜ。行くぞ」

 

 その少年の顔を見た瞬間、こいつかと僕は心の中で舌打ちをした。

 

「ん? あんた、誰。新しい先生?」

 

 その少年――メロはオウルと呼んだ子供の手をつかみながら、特に警戒する様子もなく子供らしい顔で、僕にそう問いかけてきた。
 メロ。散々、僕を苦しませて、煮湯を飲まされた相手。
 以前の時は、高田に焼身自殺をさせた際に、一緒にメロの死体も燃えたため、その姿を実際に見るのは初めてだった。
 だが、僕が持っていた似顔絵そっくりの顔が、不思議そうにこちらを見上げていた。
 これが、もしも僕がキラだったら、数年後にマフィアとつるんでデスノートを奪いに来る子供かと思うと、人間とはどう成長するかわからない。
 そんな感慨を抱きながら、僕はにっこりと微笑み、良い先生のふりをする。

 

「あぁ、こんにちは。今日から一週間、臨時教師として赴任することになったキラだ。君の授業を担当することがあったらよろしくね」

 

 そう言って僕が手を差し出せば、メロは特に疑問に思うこともなく、よろしくと友好的な態度で握手を返してきた。
 と、その時、背後から階段を急いで降りてくる音が聞こえて振り返ってみれば、案内役の教師が肩で息をしながらこちらに向かって走ってきた。

 

「キラ先生、おまたせしました。では、こっちの塔の三階の一番奥の部屋なので、着いてきてきてください」

 

 そう、僕の部屋の説明をされた途端だった。

 

「……っ!」

 

 先ほどまで、どこの学校にでも一人はいるような、社交的でクラスの中心にいそうなメロの表情が、途端に僕の見覚えのあるものに変わっていく。

 

「(なんだ、メロにも記憶が……? 否、それならもっと威嚇されるか)」

 

 突然の態度の変化に、いったい何が原因かと考えたが、それを観察する前に案内役の教師を先に進んでいった為、僕も自然では無いように後に続く。
 しかし、メロのこちらを刺すような視線だけは、違いの姿が見えなくなるまでずっと続いていた。

 

 

 

 


 僕の部屋だと言われて案内されたのは、特にこれといって何の変哲もない部屋。と言うよりは、いくつかの大きな機械が片隅に避けられ布を被っているような、まるで物置のような部屋だった。
 とてもではないが、メロの表情が突然変わるほどの理由がわからない。そう考えながら部屋を見回していると、案内役の彼は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「すいません、普段は誰も使ってない部屋で……」

 

「いえ、一週間の滞在ですし。それに、これって昔のパソコンですよね? こういうの見るのは初めてなので、興味深いです」

 

「あ、そうなんですよ。しかもこれ、本来なら大学の研究室でしか使わないようなもので……と、そろそろ時間ですね。では、キラ先生。正午になったら先ほど説明した事務室まで来てください。昼食と、今後の授業のスケジュールをお教えしますので」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 そう言って男の姿を見送った後、僕は周囲の廊下に誰も居ないことを確認してから、ゆっくりと扉を閉めて『キラ先生』の仮面を剥いだ。

 

「で、そろそろ聞かせてもらっていいか?」

 

『月くんにワイミーズハウスへ行ってもらった理由、ですか』

 

「あぁ、それもニアとメロの語学教師だ。あまりにも面白そうで、今から衝動的に殴り飛ばさないか心配だよ」

 

 僕は一体何のためにこの茶番をしているのか。
 少なくとも本当に語学を教えさせるために僕をここに呼んだわけではないだろうと尋ねれば、マイクの向こう側で何かをモゴモゴと食べながら喋るLの声が聞こえた。

 

『あのキラが、衝動に身を任せてしまうとは思えないですが……。今回の件について一言で言えば、月くんに慣れてもらおうかと』

 

「慣れる……? ニアとメロと交流しろってことか」

 

『はい。ニアやメロには、今後私のLとしての仕事を手伝っていってもらう事になるかと思います。本当はもっとテストを重ねるつもりでしたが、まぁ、それに関してはキラを無事に捕まえたので合格ということで』

 

「……魅上のミスが無ければ僕が勝っていたけどな。しかもあっちは片方死んでる。不合格だろう」

 

『でも、貴方を捕まえたのは事実ですので』

 

 何か事実に相違はありますかと、相変わらずマイクの向こう側で何かを食べているらしいLの飄々とした態度に、思わず苛立ちが支配したが、ここでどうこう言っても変わらないことかと、わかりやすくため息をついた。

 

「分かったよ。前の時は別として、今後は僕の同僚になるわけだし。なにより、あの二人にはお前と違って記憶がない。せいぜい、良い先生を演じるよ」

 

『はい、よろしくお願いします、キラ先生』

 

 あからさまに強調された『キラ先生』という呼び方に、数日前のあの喧嘩は何だったんだと訝しむ。

 

「……本当に、よりによってなんでその偽名なんだよ」

 

『いえ、ニアとメロに呼ばれ慣れている偽名の方が、月くんもやりやすいだろうと思いまして』

 

「あぁ、そうかよ。そういう気遣いが出来るなら、僕の履歴書に心理学なんて入れるなよ。ちゃんと学んだことなんてないぞ」

 

『あれは月くんの詐欺師並みの人心掌握術についてのジョークのつもりだったんですが……いけませんでしたか?』

 

 こいつ、絶対に僕が『互いに大人なんだから、冗談くらい許せ』と言ったのを根に持っているな。
 確かにあの喧嘩でLの事は煽りすぎたと言う気はしているが、こいつにそんなやり過ぎだと言う気遣いは不要だったことを思い出す。こいつはやられたら同じくらいにして返してくるやつだった。

 

『心配しないでください。基本的には、こうして私と常に通信が出来ますので、何かあればフォローします。予備の眼鏡も使いつつ、バッテリーの充電だけ気を付けてください。貴方と一定時間通信が途絶えた場合、色々と動いてしまうので』

 

「色々?」

 

 僕がそう聞き返すと、Lは何でもないような様子で答える。

 

『ハウスが閉鎖されたり、ヘリが飛んだり、護送車が到着したり、色々です』

 

 相変わらず限度を知らない様子のLに、それは色々の一言で済ましていいレベルではないだろうと言いたかった。
 だが、これ以上Lとの会話で疲労を感じたくないと、僕は早々に話を切り替える。

 

「……分かった、気を付けるよ。それで、僕は語学教師って事だけど、どの程度からはじめればいいんだ? 事前に調べておきたいんだけど」

 

『ああ、そのことですが。そちらも気にしないでいただいて大丈夫です。月くんはただ、彼らとゲームをしていただぐだけで十分ですので』

 

 それは一体どういう意味なんだと首を傾げたが、それはメロと会うことですぐに解決した。
 

「今日からよろしくお願いします、キラ先生」

 

 教室のドアを開けた瞬間、驚くほど違和感なくメロの口から話された日本語に、これがワイミーズハウスで上から二番目の成績かと驚いた。

 

『ハウスでは、発音や文法など、ある程度出来るようになってからでないと教師が付きません。ニアとメロの場合はそもそも、細かい発音やニュアンスの調整が目的です』

 

 L の補足を耳元で聞きながら、僕は教室と言うには狭いその一室に足を踏み入れた。
 どうやらこの施設は、ワンツーマンでの授業が多いためか、日本で想像するような生徒が大勢入れる教室ではなく、何冊もの専門書が並んだワンルームが教室として使用されているらしい。
 その教室の中央に配置された椅子に腰をかけながら、僕は優しい『キラ先生』の笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「話は聞いていたけど、驚いたよ。本当に流暢な発音だ」

 

「こんなもん此処じゃ普通……っつーか、先生。練習のために、くだけた話し方でいい? 僕、そういうニュアンスの勉強がしたい」

 

 メロはそう言いながら椅子の背もたれに腕をかけて、ポケットから取り出した板チョコをパキリと音を立てながら食べた。
 いかにもクソ生意気な子供といった態度だが、ワイミーズハウスの方針としてこういうのに指導は入らないのだろう。
 それは、この二人が目指しているLという人間を思えば納得だった。
 どんな態度を取ろうが、それに見合った頭脳さえあればいい。
 ここは、そういう人間を育てる場所なのだ。

 

「(まったくもって、僕と真逆の世界だな)」

 

 僕は勉強についても常にトップだったが、それ以外のスポーツや人間関係、社交性においても常に優秀な人間であろうとしていた。
 少なくとも教師の目の前で、こんなふざけた態度でお菓子を食べたことはない。
 今後、こいつと同僚としてやっていくのかと気が重くなったが、さらに気が重くなる相手が残っていることを思い出し、まだメロの方が視線をこちらに合わせるだけましかと笑みを浮かべる。

 

「ああ、勿論いいよ。それなら……一人称も僕じゃなくて、俺に変えた方がいい。メロの場合だと、そっちの方がそれらしく感じる」

 

「ふーん、なるほど、俺ね。分かった」

 

 教師らしい事を口にしながら、僕はメロが今日の授業のために作ってきたレポート。
 正しく言えば、世界の未解決事件の記録から、自分なりの答えを日本語で書いた考察を受け取った。

 

「じゃあ、僕はさっそくメロが作ったレポートを確認するから。メロは、この事件記録から誰が犯人か推理して、またレポートを作成して」

 

「分かった」

 

 そう言って僕が渡した未解決事件の記録を読み始めたメロに、これが語学の授業だというのだからたいしたものだと、僕は日本語で書かれたレポートに視線を落とす。
 メロの作成したレポートは、確かに語彙にはネイティブが使用するには不自然なところもあったが、出来栄えとしては十分すぎる。
 多分、松田さんが作った調書よりもよく出来ているのではないかと思った。
 と、前の時のメロへの嫌悪感も忘れてしまうくらい、メロの優秀さに関心していたが。
 しかし、先ほどからこちらをじろじろと見る目だけはやはり気に入らないと、僕は苦笑まじりにメロへ視線を向けた。

 

「……なんだか、随分と観察されているね」

 

「……」

 

 そんなに僕のことが気になるかなと微笑んでみれば、メロはどこか気まずそうによそを向いた。
 こういう時は何のことだってしらばっくれる方がいいのだが、まだまだ実戦は甘いなと心の中でメロの幼さを嘲りながら、優しく口を開く。

 

「本当に事件の調査をする時は、相手に観察していると悟られない方がいい。もっと自然に、さりげない仕草を装って観察するんだ。相手に気付かれて、ヒントを与えてしまうことがある」

 

 事実、僕はLとのやり取りの間で、Lが僕を観察していることに気付き、あえて第二のキラが存在すると推理をした。
 無論、あいつはその程度で僕から疑いを反らさなかったので無意味だったが。

 

「……やっぱりキラ先生って、本業はそっちなのか」

 

 自分が観察していたことがすぐにバレてしまったせいか、メロは疑うような、それでいてどこか期待の込められた眼差しで僕を見た。
 一方、自分の本業のことを何と言ったものかと考えながら、確かに死ぬ前は日本警察にいたし、現在はLの使いっ走りであることを考えると間違いではないのかと思い、メロの言葉を肯定する。

 

「まぁ、ね。語学教師としてここに来た時はどういう意味かと思ったけど、こういうレポートを読んだりすることを思うと、たしかに僕で適任なのかも」

 

「……じゃあ、やっぱり、先生が」

 

 メロはそう何かを呟いたかと思うと、先ほど観察するときは注意しろと言ったばかりなのに、再び僕をよく観察しようと鋭い視線を向けてきた。

 

「うん? どうかした?」

 

 いったいお前の目的は何なんだと牽制すれば、メロはまだ自分の視線にトゲがあることに気づいたらしい。
 教師相手に小さく舌打ちをしながら、未解決事件の記録に視線を落とした。

 

「……なんでもない。一週間あるから、そこで判断する」

 もう一方の生徒の教室に入った途端、あまりにも雰囲気が変わらないその姿に、僕は果たして最後まで冷静さを保てるだろうかと、思わず不安を抱いた。

 

「よろしくお願いします、キラ先生」

 

「よろしく、ニア」

 

 そう必死に顔に笑顔を貼り付けながら僕は椅子に腰をかけたが、ニアはカーペットに座り込んでパズルを解くばかりで動こうとしない。
 そう考えると、まだクソ生意気な座り方だったとはいえ、対面に座ってきたメロはましだったらしい。
 一方、ニアは僕の方に一切視線を向けずに、決まりきった定型文を告げるように淡々と口を開いた。

 

「私を初めて担当する先生には毎回同じことを伝えていますので、覚えてください。私はこうしてパズルを解きながらでないと集中できません。先生に対して悪意はありませんので、気にせず授業を進めてください」

 

 説明をする際も頑なにパズルを解き続けているニアに、どうりでこいつにLの雰囲気を色濃く感じたわけだと納得した。
 真っ白な色合いは、Lのものとは正反対だが、その気質とでも呼ぶべきか。
 パソコン越しでやり取りしていた時は分からなかったが、おそらくその時もこのようにパズルや玩具に囲まれながら捜査を行っていたのだろう。
 まるで、常にお菓子やケーキに囲まれて捜査を行っていた、Lの姿そのものだ。
 もしも目の前にニアが居なければ、それぞれの外見年齢的にありえないとはわかっていても、Lに対してお前の隠し子じゃないよなと確認していただろう。

 

「ああ、大丈夫だよ。そういうタイプが身近にも居るからね、特に気にしていない」

 

 そう、Lの姿を思い浮かべながら笑顔で答えると、ニアはようやく僕に一瞥を向けて手元にあったレポートを差し出してきた。

 

「ご理解感謝します。では、レポートの確認をお願いします」

 

 その一言だけで、後は授業を受けることなどさしたる興味がないとでも言うように、ニアは再びパズルのピースを埋め始めた。
 その姿を見ながら、せめて最低限の社交性くらいはワイミーズハウスもニアに対して教育しておいた方が良かったんじゃないかと思うが、読み始めたレポートの出来はその考えも吹き飛ぶほどによく出来ていた。
 担当する子供の資料だとニアとメロの基本的なデータは確認したが、それによればこの頃のニアはまだ十二歳程度のはずだ。
 僕自身も昔から天才だの神童だのと呼ばれていたが、どうやらニアも同じタイプらしい。そして、推理以外の全ての無駄を削ぎ落して育ったのが、かつて僕が戦ったニア、ネイト・リバーなのだということがよく理解できた。

 

「(だが、やっぱりまだ子供だな……)」

 

 僕はそう、苦笑をこぼしながら読みかけのレポートを机の上に置き、ニアが座り込んでいる隣に腰を下ろす。
 僕が近くに来たことで動揺を隠し切れなかったのだろう。
 わずかに体をぴくりと反応させる姿に、態度に出るなんて甘いなとニアが解いていたパズルのピースを手に取る。

 

「メロの観察も露骨だったけど、ニアの観察も随分露骨だね」

 

「……!」

 

「メロにも忠告したけど、観察していることは相手に悟らせない方がいい。対応策を考えられてしまうし、実際僕もそうしてきた」

 

 甘く、子供をあやすような声色で微笑んでやれば、ニアは必死に驚いた顔を隠してはいたが、息を飲んで動きが止まった。
 メロのようにすぐ否定をしたりしないで、バレた時の対応を考えているあたりは優秀だ。
 だが、ずっと一人の空間で生きてきて、他人というものに慣れていないだろう子供のペースを崩してやるのは容易かった。
 僕はそっとニアの体を背後から抱き留めるように腕を回して、もうパズルを解く余裕のないニアの代わりに、真っ白なピースを一つ摘み上げる。

 

「ニアはやっぱり、自分のテリトリーに他人が入ると思考が乱れるタイプかな。さっきからパズルのピースを埋められていない」

 

「…………離れてください」

 

 ようやく絞り出したといった様子の言葉に、僕は内心、愉快でたまらないと考えながら、ニアの手に自分の手を重ね合わせ、耳元で囁く。

 

「いいじゃないか。ほら、僕も手伝ってあげるよ」

 

「止めてください」

 

 ニアはそう、ようやく叫ぶように僕の体を押しのけると、僕の腕から逃げ出し距離を置く。
 パジャマを着て気だるげな見た目通り、動くことはあまり得意ではないニアの、ゆったりとした逃げ方に、思わず嗜虐心を刺激されて嘲笑が零れそうになった。
 そんな僕を睨み上げて、ニアは珍しく感情を滲ませた声色で告げてきた。

 

「必ず、一週間以内に証拠を掴みます」 

 二人の授業を無事に終えて部屋に戻ってきた時、折れたシャーペンの芯が廊下に落ちていることに気付き、この行動力の早さはおそらくメロの方だなとため息を吐いた。


『月くん、初日お疲れ様でした』

 

 部屋に入るなり話しかけてきたLにの声を無視して、僕は部屋の中を見回す。
 ドアに挟んでいた紙と、ドアノブを少し上げていた事の方には気づいたみたいだから、前の時にLが使ったプロよりは優秀らしい。
 だとすれば監視カメラか、そこまではすぐに用意できなくても盗聴器くらいは仕込んでいそうだと、僕は適当にリラックスをするふりをしてからバスルームに入った。

 

『月くん……?』

 

 返事をすることなく服を脱ぎ始めた僕に、どうかしましたかと尋ねてくるLの声を無視して、浴室ならばもう大丈夫だろうと口を開く。

 

「L、お前、僕を使って何か試してるだろう。ニアとメロの視線が明らかに僕を観察しているし、部屋に誰か入った形跡がある」

 

 最初にメロと会った時、やけに態度が急変したなとは思ったが、ニアも同様にこちらを観察してきたところを見ると、後継者候補が何かを察知して僕に挑んでいるのは明白だった。
 一体何をやらせているんだと呆れたように言えば、Lは悪びれる様子もなく答えた。

 

『はい、実はちょっと、月くんが滞在しているついでに、メロとニアに向けてテストをしています』

 

「キラを負かせることの出来たアイツらは、お前にとって合格だったんじゃないのか?」

 

『追加試験みたいなものです。月くんが『L』であるか否か、この一週間で判断する。というテストです』

 

 なるほどそういうことかと、僕は二人が向けてきた、尊敬のような警戒のような。まさに畏怖と呼ぶべき視線の正体を知った。
 あれは、僕がLかもしれないから。後継者候補として育てられ、それ以外の全てを矯正されてこなかった子供が、僕が将来己が継ぐことになる相手なのか否かを見極めていた故の視線だったというわけだ。

 

「そういうことしてるなら事前に言えよ。なら、僕はLだって二人に思わせれば勝ちなのか?」

 

 だとすれば随分簡単そうだと、情緒面ではまだ未熟としか言えない二人のことを思い浮かべながら笑えば、そうではないとLは僕の問いを否定した。

 

『これはあくまで、ついでのテストですので。月くんに滞在してもらっているのは二人と交流してもらうことと……私の育った場所について、知ってもらおうと』

 

 その言葉を聞いた瞬間、単純な驚きと、なぜそんなことをするのかという疑問が湧き上がってきた。

 

「……お前、ここの出身なのか」

 

 Lが、ここの出身。
 つまりは孤児だったという話は、すぐに納得できるような気がした。
 Lの活動期間からして、現時点から既に十数年以上前から、Lという存在は多くの事件を解決に導いていた。
 元々外見から年齢の分かりにくい奴ではあったが、二十代後半か三十代前半と見積もっても、Lはまだ子供と言える時期からLとして活動をしていたことになる。
 だから、かなり特殊な生育環境にあったか、Lとは襲名性なのかの二択だと考えていたが、真相はどうやら前者だったらしい。

 

『まだワイミーズハウスがただの孤児院だった頃に、ワタリに連れてこられました。そこでワタリに才能を伸ばしてもらって、今の私があります。ちなみに、月くんが滞在している部屋は、私がかつて使っていた部屋です。ニアとメロが月くんをLではないかと疑っているのは、貴方がこの部屋に滞在しているからでしょう』

 

 なるほど、だからメロは僕がどの部屋に滞在するか知った途端、あんな顔をしたのかと全てが腑に落ちる。
 かつてLが使っていたという、二人とって、ある意味、神聖な部屋。
 誰も使っていなかったその部屋に、一週間だけ滞在するという語学教師。
 ブラフか否かはさておき、警戒するべき相手なのは間違いがない。
 そんな、僕がLか否かというテストに勝手に組みこまれていたことは不快だが、それよりも僕の中ではLへの疑問が勝った。

 

「分からないな……なんで今更、自分の育った場所なんて所に、僕を連れてきた」

 

 Lにとって、自分の情報を知られることは不利なはずだ。
 たしかに僕は、既にLの本名を知っている。デスノートさえあれば、Lを殺せる。
 だが、Lは自分の年齢すら僕に教えたがらなかったのに、そんな相手にわざわざ自分がここの出身であることを伝え、さらには滞在させるとはどんな思惑があるのか。
 しかし、僕が推理をする前に、Lは特に隠すわけもなく理由を明かした。

 

『私は、月くんのことでしたらほとんど知っています。貴方がキラである可能性を感じた時点で、調べられることは全て調べました。基本的な情報から交友関係、過去の出身校に部活歴、大会やコンクール等の受賞歴、それから出生病院まで、全て。ですが、それでは不公平かと思いまして』

 

「不公平?」

 

『はい、貴方は私の過去の情報を何も知らないので』

 

 それは、僕とLとの間にある当然の差で、なんの意味もないことだと思っていた。
 確かに不快だった。あいつは僕のことであればなんでも知っているような素振りで、実際に多くのことを知っていた。
 だが、僕はLについての事など、何も知らない。
 Lを殺した後も、あいつのことで知っていたのは、本名が『L・Lawliet』であることくらいで、それ以外の、それこそ過去どのように生きていたのかなど、何も知らなかった。
 それが、キラとLの関係なのだと思っていた。
 しかし、Lはそれを今更、不公平だと表現した。

 

「……まさか、お前がそんな事気にしてたなんてな」

 

『私と月くんの間には、当然ですが今のところ信頼というものは皆無です。ですが、これからは月くんとの間には信頼関係が必要になってきますので、少しくらいは自己開示をしようかと』

 

 一般的な人間が、互いに仲良くなるような過程を経るように。
 その為に僕をここに連れてきたと語るLに、僕は本気なのかと頭を抑えながら、なんと返したものかと悩む。
 だが、たしかにLの目的が僕を手懐け、Lとしての活動を手伝わせるつもりならば、ある程度内側を見せる素振りをするのは、ありえなくはない話なのかと思った。
 最も、Lのことだから、ここの出身であることが嘘の可能性もあるが。

 

「……僕を絆して、Lに成り代わるのを止めてもらおうって?」

 

 そうLの言葉を茶化すように首を傾げたが、Lは相変わらず変わらぬ声色で告げてきた。

 

『そうなってくれれば嬉しいですが、貴方は諦めないでしょう』

 

「よく分かってるじゃないか。そうだよ、僕は諦めない。残念だったな」

 

『別に構いません。私の自己満足にしか過ぎないので』

 

 その、どこか寂しそうな、諦めているような言い方に、僕は分からないと口元に指を沿える。
 こいつ、自己満足ってなんなんだ。
 まさか本当に、僕を絆すためなのか。
 いや、ただの演技か。
 だとすればLにしてはクサすぎるんじゃないのか。
 また、いつだか言った友情ごっこの延長戦か。
 まさか、本当に僕と友情を育むつもりなんかじゃないだろう。
 そう、僕が色々考えていると、Lは思い出したといった様子で突然話題を変えてきた。

 

『ああ、それから、先ほどお伝えした通り、そこは元私の部屋なんですが。退屈でしたら、私が部屋に作った隠し扉をいくつ見つけられるか挑戦してください』

 

「お前、そんなもの作ってたのか?」

 

『はい。ちなみに誰が入ったかも、よく紙を挟んだりして確認していました。月くんもすぐに誰かの侵入に気付いたようですから、似たもの同士ですね』

 

 まるで友人との共通点を見つけたかのような言い方のLに、こっちはデスノートの管理の関係でそういう侵入者を確認するのが染みついているだけだと呆れる。

 

「僕のと一緒にするなよ。でも、隠し扉を探すのは面白いな。全部見つけてやるし、さっそく一つ見つけた」

 

 そう言いながら僕は、浴室に入る前にバスルームで気になっていた洗面台付近の床に近づく。

 

「ここの床板だけ、周りより少し浮いてる。明らかに分かりやすい。ということは、おそらくここを開けた先に、もう一個別の隠し扉を作ってるだろう」

 

 こういうのはフェイクがあるのが大事なんだと、想像通り安易に開くことの出来た床板に、僕は中を覗き込みながら、さらに仕掛けはないかと探す。
 そう、探そうとした。
 だが、僕が他の仕掛けを探す前に、その中に入っていたものの存在に、言葉を失う。

 

『残念ですね月くん、たしかにそこの隠し扉はフェイクですが、別の隠し扉ではなくスイッチが……月くん?』

 

 僕の反応がないことを不審に思ったLが、どうかしたのかと尋ねてくる。
 一方、僕は隠し棚の中に入っていたそれを手に取りながら、まずは確認だとLに問いかける。

 

「L、この部屋は、普段誰も出入りしてないのか」

 

『そうですね。一ヶ月に一度、簡単な掃除をする程度で、普段は誰も入れないようにしていますが』

 

「なるほど。それじゃあ……どうしてこの隠し扉から、最近製造されたばかりの筋弛緩剤が出てくるんだ?」

 

 透明なアンプルに張られた、ラベルに書かれている薬品名。
 それが通常の養護施設どころか、こんな特殊な養護施設でも見かけないだろう筋弛緩剤である事実に、Lもまたマイクの向こう側で息を飲んだのを感じた。

 

『……私は仕込んでいません』

 

「だろうな。それで、念のために聞くけど、前の時に、このワイミーズハウスで何か事件ってあったのか?」

 

『そんな事件は聞いていませんし、仮にあったとしたら私の方で手を打ってあります』

 

 当然、想定していた通りの答えに、だったら今回はなぜこんなものが見つかったのかと考える。
 僕がこの部屋に滞在するからLが仕込んだ訳ではないのであれば、つまり前回と今回での差異が、この筋弛緩剤などというものを此処に存在させているわけだ。

 

「前回は事件には至らず未遂で終わったのか、あるいは……キラによって裁かれなかった犯罪組織が影響しているか、だ」

 

 このワイミーズハウスというLの後継者を育てる為の施設で、未遂に終わったとはいえ出来事そのものを隠蔽するとは考えられない。
 おそらく、なんらかの形でLに報告がいっているはずだ。
 しかし、Lに心当たりはない。
 そうなると考えられるのは、やはり僕がキラではないから――犯罪者が裁かれていないから起きたこと、というのが一番の候補だった。

 

「この頃の僕がデスノートに書いていたのは、世界でも有名な犯罪者や犯罪組織に限っていた。前回は、そいつが死んだからワイミーズハウスで事件は起きなかったが、今回は死んでいないから犯罪計画が進んでいる。そういう可能性はないか」

 

『つまり、キラは知らずの内に、ワイミーズハウスでの事件を未然に防いでくれていたと?』

 

 まるで救世主気取りかと言うようなLの態度に、今更何を言っているのかと嘲笑を浮かべる。

 

「僕が目指していた理想の新世界っていうのは、そういうものだよ。犯罪者を裁くことで、善人を守る。お前はそんな社会を地獄みたいに言っていたけど……どうやらお前の大切な場所をキラは救っていたらしいな」

 

 再び、僕とLの間に、互いを睨み合うような沈黙が流れる。
 しかし、見つかったものが見つかったもののせいだろう。
 今度はLの方から、早々に折れるようなため息が聞こえた。

 

『……分かりました、今はその点について口論するのは止めておきましょう。既に犯罪計画が進んでいるのであれば、止めることに尽力したい』

 

「まぁ、その点については僕も同じだよ。殺人事件だろうが誘拐事件だろうが、被害者が出ることは避けたい。問題は犯人の目的と、誰が容疑者かだけど……この部屋、監視カメラ付いてないのか」

 

 今ならば堂々と聞いても問題はないだろうと問いかければ、Lはどこか呆れたように返事をする。

 

『月くん、普通の養護施設に監視カメラはありませんよ』

 

「ここは普通の養護施設じゃないし、僕を送り込むなら常に監視できるようになってるだろう?」

 

 お前はそういうやつだと言えば、Lは潔く諦めたようで、何の悪気もなくそうですねと認めた。

 

『はい、いくつか設置してあります。が、カメラの準備が遅れたせいで、その部屋に取り付けたのは二時間ほど前です。その間、ずっと見ていましたが、誰も部屋に入った形跡はありません』

 

「はぁ、何やってるんだよ。もっと早くに取り付けてれば、誰が犯人かすぐに分かったかもしれないのに」

 

『月くんにはこうして通信機を渡しているので、そこまで重視していないのと……遅れたのは、月くんと殴り合いの喧嘩をしたせいですね』

 

「なんで今更あの喧嘩が原因になるんだ」

 

『あの後、ワタリに殴った一回の事と、今後一緒に生活していくのにあの態度はないと、かなり怒られました。なので、しばらくやる気が起きなくて放置していたんです』

 

「はぁ? お前の怠慢を僕に責任転嫁するつもりか?」

 

『いえ、単純なる事実を言ったまでです』

 

 だとしても、どう考えても僕のせいじゃないだろう。
 と、そんなことをしている場合じゃないと分かっているが、Lへの苛立ちが募ってきた時だった。
 ふと、この事件を解決するのに都合のいい存在、そして何より、一方的に観察される事への苛立ちの解消方法を思いつき、僕はニヤリと口角を吊り上げる。

 

「……なぁ、L。ニアとメロにしているテストなんだが、変更しないか?」

 

 僕の問いかけに、Lはすぐに僕が何を考えているのか察したらしい。

 

『……念のため確認しますが、どのようなものに?』

 

 あくまで確認だけですが、と。
 既に僕が提案しようとしていることが分かっているらしいLは、僕の言うことに反対はしなさそうだった。
  当然だ。
 なにせ、ここはキラの存在を否定した奴らの集うワイミーズハウス。
 そんな場所で起きる事件は、キラであった僕が解決する由縁など何処にもない。

 

「せっかくここには、Lの後継者が二人も居るんだからな。その二人に、今回の事件を解決してもらおう」

 

 そう、二人の顔を思い浮かべながら、僕は『優しいキラ先生』らしい笑顔で提案した。
 

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