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「嘘にかえる愛​」

「ところで月くん、ミサさんを好きになったというのは、本気なんですか?」


 竜崎が僕にそう聞いてきたのは、互いを結んでいた手錠を外す為、二人きりで自室に戻ってきた時のことだった。

 

「本気って、どういう意味だ」

 

 その言葉に、僕は平然と言葉を返す。
 竜崎が言っている『ミサを好きになった』というのは、先ほど僕がミサに会いたがっているのを彼女のことが好きになったから。と言った事を指しているのだろう。
 無論、僕の本心から言えば、あの直情的で面倒な女を好きになるというのはありえない。だが、僕が今後キラとして活動していく上で、僕の為にいくらでも死神の目の取引をするミサのことは捨てがたい。
 だから生かしているに過ぎず、そのために周囲とミサ、両方に自分の行動の説明するに都合のいい好意を装っている。
 そんな、記憶を失っていた僕が見せていた突然の態度の変化について、竜崎は疑問を抱いているが故の問いかけなのだろう。
 しかし、ふと竜崎が僕を見つめる目を見た瞬間、こいつが言いたいのはそれだけではないのだと察する。

 

「昨晩ベッドを共にした相手を目の前にして、他の相手が好きになったというのは本気なのか。と、そのままの意味ですよ、月くん」

 

 この部屋で何度も繰り返してきた行為について、忘れたとは言わせない。
 そう、まさに昨夜、記憶を失った僕と交わした事を指しながら、竜崎は僕のことを訝しむような、けれどやはり無感情とも思える表情で問いかけてくる。

 

「なんだ、そのことか」

 

 けれど、僕はその追撃にも怯むことなく、平然とした表情のまま腕を組む。

 

「たしかに竜崎とは、何度もヤったけど……でも竜崎だって僕等の関係が、恋人同士だったとは思っていないだろう?」

 

 あれはただ、手錠で四六時中繋がれることになった若い男同士が、性欲処理のために丁度いい方法として選んでいた方法に過ぎない。
 それは竜崎も分かり切っていたことだろうと思っていた為、僕はミサのことをが好きになったという嘘をつくことを選んだ。
 だが、まさか竜崎がそこを追及してくるとは思わなかった。
 僕が本当にミサのことが好きなのか否か問い詰めたところで、僕はそうだとしか答えない。
 だから竜崎の問いかけは、まったく意味がない事のはず。それなのに聞いてくるということは、竜崎は13日ルールによほど焦っているのだろうと、僕は内心こっそりと笑みを零した。

 

「それとも竜崎は、僕との関係が恋人同士だったと思っていたのか?」

 

 まさか、そんなはずがないだろうと、僕は呆れたような笑みを張り付けて、首を傾げる。
 そんな僕の態度に、竜崎は何かを諦めたように首を振って否定した。

 

「いえ、まさか。私も、月くんとの関係が恋人同士だったとは思っていません」
「なら、僕がミサのことを好きになっても、なにも変じゃないだろう?」

 

 恋というのは気付いたら落ちているものだと、世間一般では説得力のある言葉として流布している。事実ミサも、僕に対しては一目惚れだと言っていた。僕自身はその感情を理解できないが、しかし装うことは簡単だ。
 だから竜崎に追及される隙間など、何処にもない。
 それなのに、竜崎はやはりどこか納得がいかないような様子のまま、僕を見つめていた。
 だが、竜崎にしては随分と珍しく、かなりの時間を要して、僕をその線で追及することを諦めたらしい。

 

「分かりました。では月くん、腕をこちらに」

 

 手錠の鍵を片手に、竜崎はそう僕に向かって手を伸ばしてくる。
 この手錠を解くということは、竜崎にとって、僕はもう絶対にキラではないと認めることになる。
 だからこそ、竜崎はこんなにも無駄な行為をしているのだろう。
 竜崎の中で渦巻いている僕へのキラ疑惑と、それを否定する13日ルールの存在。
 その二つの間で葛藤しているだろう竜崎を心の中で嘲笑いながら、僕は自分の勝利を確信しながら竜崎に手錠をしている手を差し出した。

 

「――夜神月」

 

 だが、その瞬間、竜崎は僕の腕を掴んだかと思うと、切羽詰まったように僕の名前を呼びながら、体を抱き寄せてきた。

 

「おい、竜崎……ッ!」
「難しいですね、私達の関係は」

 

 いったい何が、と僕が問いかける前に、竜崎は僕の言葉を塞ぐように、僕の唇に自分の唇を重ねる。
 まさか今ここでヤるつもりなのかと、散々竜崎を受け入れることを慣らされた体が、反射的に身構える。
 だが、竜崎はただ僕に触れるようなキスを落しただけで、すぐに僕から離れた。

 

「すみません。私達の間には何もなかった、それが、私達の正解ですね」

 

 その言葉と共に、竜崎は僕の手錠を外すと、そのまま何事もなかったかのように、部屋を出ていこうと僕に背を向けた。
 竜崎の後ろ姿を追わなければと一瞬思ったが、しかしもう僕等の間には鎖などないのだと思い出して、僕は竜崎の後をただ見つめる。
 こいつはいったい、何を考えているのだろうか。

 

「さようなら、月くん」

 

 その別れの言葉など、僕等にとっては、なんの意味もないはずだというのに。
 なぜ、僕はこんなにも、お前を引き留めたいと思ってしまうのだろうか。
 だが、嘘つきを貫き通してきた僕には、もう今更僕等の関係が何だったのかなんて、分かるわけがないんだ。

 ああ、でもね、竜崎。
 お前が死んでから、僕がLになってから、お前が居ない世界を生きるようになってから。
 ようやくお前の言った「難しい」という言葉が理解できたよ。
 本当だったかもしれない、互いにとっての初恋なんてものを否定しなければ、Lとキラは在れないんだから。
 僕たちの関係は、本当に、難しい関係だったな。
 

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