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「​セルフ」

 竜崎と手錠で繋がれるようになってから、僕の生活は大きく変わった。

 常に他人と一緒に行動するというのは、ただの友人相手であろうとも大変だろうに、あろうことかそれがあの竜崎相手であれば、かなり苦労するだろうことは安易に想像が出来ていた。

 事実、竜崎というのは類まれなる頭脳の代償とでも言うかのように、 こと生活能力に関しては一般人のそれよりも遥かに劣っている。否、竜崎の場合は『できない』というよりは、やる気というものが一切ないと言うのが正しいか。

 自分一人では満足に服を着ることもできないし、身体を洗う手つきまでどこか幼児を見ているように覚束ない。

 今まで一体どうやって生きて生きたのか問えば、全て人にやらせていたのだという。それは成人男性としてのプライドが傷つけられたりしないのかと思ったが、現在こうして年下の、それもキラ容疑者の僕に髪の毛を乾かされている時点で聞く気にはなれなかった。

「ほら、乾いたぞ」

「ありがとうございました、月くん」

 いつもの特徴的な座り方でされるがままにドライヤーを浴びていた竜崎は、ようやく終わったかと少しばかり飽きた様子で立ち上がった。

 僕がせっかく乾かしてやったというのに、毎度のことながらなんなんだその態度はと思わないでもない。が、竜崎のことは大型犬か何かとでも思っていなければ、この生活はやっていけない。その点、竜崎は風呂に入っていても犬のように暴れなくて大人しいし、渋々といった様子でもドライヤーを嫌がることはない。文句があるとすれば、犬はもう少し可愛げがあるということだが。

「ところで月くん、私はこれからアイスを食べるんですが、月くんがどうしてもと言うのでしたらお分けしてもよろしいですよ……本当に、どうしても、という場合ですが」

「……いらないよ。本当にお前はこんな時間でもよく甘いものが食べられるな」

 それならば良かったですと、まさしくお菓子を独り占めした子供のように笑う竜崎に、本当にこいつはとため息を付きそうになる。

 と、竜崎が早くアイスを食べようとウキウキしながら寝室へと戻ろうとしている背中を見ながら、僕はまだ竜崎が夜のことを話してことない事に、じれったさを覚える。

「ん……」

 まさか、今日はこのまま何もなく終わってしまうのかという予感に、僕の足は自然と止まってしまい、先に行こうとする竜崎の手錠を引っ張ってしまう。

 その鎖の感覚に、竜崎は首を傾げながら僕に振り返った。

「月くん、どうかしましたか? やっぱり、アイスが食べたくなりましたか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 言い淀む僕の顔を見ながら、ならば早く行きましょうと竜崎が鎖を引っ張る。

 しかし、僕は経験上、このお風呂を上がったタイミングで『その話』をしなければ、今日はこのまま寝てしまうことを知っている。

 そのため、竜崎と意思を一致させるには今しかないと分かっているのに、羞恥故と言えばいいのか、あるいは己の中のプライドが許さないのか、どうしたって言葉が出てこない。

 だから、どうか頼むからお前から言ってくれないかと乞うように、竜崎の黒い瞳を見つめた。

「……月くん」

 僕が何を待っているかなど、竜崎はよく分かっているのだろう。

 無言のまま見つめ続ける僕を見て、今度は竜崎の方がしょうがないといった様子で、小さくため息をついた。

「これで、一週間連続になりますね。記録更新です」

「……っ」

「貴方が若く体力が有り余っているのも理解していますが、こうも連日では辛いのではないですか?」

 僕のことを気遣っている。という体に見せて、実際のところ揶揄っているのだろう。

 確かに竜崎の指摘する通り、ここのところ僕は毎日のように『その行為』を繰り返している。もしもこれが他人事であれば、僕だって眉をひそめていたかもしれない。

 けれど、内側から湧き上がるような熱を開放する術を僕はこれ以外知らず、そしてこの熱を解放させてくれるのは竜崎しか居ないことを知っている。

「お前は、したくない、のか……」

 僕だけが一方的に求めているなどという状況は、プライド的にも心情的にも認めたくない。

 僕だけじゃなくて、お前だっていつも楽しんでいるはずだと竜崎に問いかければ、あいつはまったくといった様子で首を傾げた。

「私は月くんほど欲求不満ではありませんので。このまましばらく何もなくとも問題はありませんね」

 それよりも私は早くアイスが食べたいのですが、と薄ら笑いを浮かべる竜崎に、僕は思わず拳を握る。つい先ほどまで幼い子供のように髪の毛を乾かしてやった相手だというのに、どうして今は僕の方が駄々をこねる子供のように扱われているのか。

 ここで普段の喧嘩のように『だったら僕だってもういい』と言ってしまえば、僕はこれ以上情けない姿をさらさずに済む。竜崎もそれが分かっていて、だからこそ僕自身に言わせたいのだろう。

 この行為を望んでいるのは夜神月であり、決して竜崎の側ではないのだと。

「どうしますか、月くん? どうしても、と言うならば話は別ですか」

 そんなにあのお行為がしたいのならば、お前の方から乞う言葉を寄越せ。と、竜崎は僕を嘲笑う。

 その表情は、昼間の僕であれば苛立たしく思っているような、明らかにこちらを挑発している顔だ。そんな挑発に乗ってやることが、あまりにも悔しい。

 だが、風呂場で竜崎の裸体を見た僕は、自然とその行為を連想してしまったせいで、もう内側からあふれる熱を抑えることはできなかった。

 僕は必死に湧き上がる羞恥と屈辱を噛み殺しながら、降参だと宣言するように、その言葉を口にしてしまう。 

「竜崎、たのむ。僕を抱いてくれ」

 ようやく口にした、セックスを望む言葉に、竜崎はニヤリと口角を吊り上げる。

「貴方がどうしても、と言うようですから。いいですよ、月くん」

 今夜は僕にその言葉を言わせた己の勝ちだとでも言うように、竜崎は機嫌よく舌なめずりをして僕を見つめた。

 その様子に、湧き上がってきたのは自分の方からセックスを懇願させられたという屈辱よりも、今夜もこの熱を解放できるのだと言う安堵の方で、僕は本当にどうなってしまったのかと、深く困惑の息を吐き出した。






 

 あの世界の切り札『L』と、竜崎と肉体関係を持ち始めたのは、大学に入学してすぐの頃だった。

 切欠はたしか、僕が捜査本部に出入りするようになった時。竜崎とキラ事件の捜査について話していた流れで、ゲームをしようという話になった。

 息抜きがてらの、ちょっとした推理ゲーム。遊びの体ではあったが、僕はまた竜崎によるキラテストの一環かと思って、疑われるのも癪だからとゲームに応じた。

 結果は僕の負けだった。いくら遊びとはいえ負けるのは久しぶりの経験で、さすがは竜崎かと思ったし、なかなかに悔しい思いもした。

 その時、竜崎が勝った褒賞として、僕を抱きたいと言ってきた。

 世界の切り札『L』は同性愛者か、あるいは両性愛者だったのかと、不意を突かれた要望に、しばらく目を見開いて驚いた。そんな僕に、竜崎は性別は関係なく、ただ夜神月という人間に興味があるのだと囁いた。

 おそらく本心では『夜神月』に興味がある。ではなく『キラ』に興味があると言いたかったのだろう。

 犯罪者そのものに興奮を覚える質かと竜崎を考察しながら、僕は今となっても驚くことに、竜崎の要望を受け入れた。

 僕はずっと自分のことを異性愛者だと思っていたが、竜崎を受け入れたということは、どうやら両性愛者だったということなのだろう。とはいえ、こんな行為を何回も繰り返した今でも、竜崎以外とは男相手にセックスをしたいとは思わないから、自分が両性愛者だという自覚は薄かった。おそらく、竜崎が『キラ』にしか惹かれないように、僕も同じく『L』という存在にしか興味を惹かれないのだろう。

 そうして始まった関係は、互いを手錠で繋ぎ、捜査本部のために建てたビルに移動してからも続いた。それどころか、常に一緒に生活するようになって、頻度が多くなったとも言える。

 それこそ竜崎が指摘した通り、僕はもう一週間も連続で竜崎とこんなふしだらな行為を繰り返している。

「月くん、どうかしましたか」

 今までの自分を回想していた時、そう声をかけられて、僕はなんでもないと首を振った。

「少し、お風呂でのぼせただけだよ。問題ない」

「そうですか。では今日も、ちゃんと喘ぐことが出来そうですね」

 竜崎の、低く響く声が、卑猥な言葉を伴って耳元で囁かれる。

 その声色に、普段は何も意識など向かないはずなのに、こうしてベッドの上で二人だけでいる時は、思わず震えてしまうほどに反応してしまう。何より、色っぽく囁かれた言葉に、僕の下半身はいとも簡単に隆起して、着替えたばかりの下着を汚してしまっていた。それに気付いたのか、竜崎は僕の寝間着の隙間に手を入れ素肌に触れながら、もう片方の指先でボタンに触れる。

「脱がせてもかまいませんね?」

「……わざわざ、言わなくたっていいだろう」

「性行為において相手の合意を取るというのは重要ですよ、月くん」

 あなたほど紳士的でモテる人が、そんな常識がないようではいけませんねと、竜崎は僕の恋愛歴を揶揄う。

 竜崎に言われるまでもなく、僕だって女の子とこういう行為をした時は、常に優しくあろうと努力しているし、事実そうしてきた。けれど、初めての夜でもないのに一つ一つの動作に対して確認を行うのは、紳士的を通り越してもはや野暮か、あるいは変態だ。

 それはきっと竜崎だって分かっているだろうが、おそらく竜崎がしたいのは『夜神月が自分から望んでこの行為をしている』という確認なのだろう。

 こうやって、服を一枚脱がせるのにも、僕が望んでいるのだということを分からせようとしてくる。全くもって厭らしいやつだと唾棄するのは簡単だが、悲しいことに僕の心臓はどこまでも正直で、竜崎にこうして問われるたびに、鼓動は興奮と共に高鳴ってしまう。

「どうしますか、月くん。上も下も自分で脱ぎますか? それとも、私が脱がせてもかまいませんか?」

「……どっちも、お前が脱がせてもかまわないよ」

 わざわざ僕に問いかけてきた竜崎へ、僕は『かまわない』と許可する意味を持った言葉を使うことで抵抗する。

 そんな僕に竜崎は、まあいいでしょうと、わがままな子供を相手にするような大人ぶった様子で、僕の寝間着のボタンを一つずつ外していった。

「まだ、昨日の痕が残っていますね」

 僕の肌が全てさらけ出された時、竜崎は僕の鎖骨を指先で擦りながらそう言った。

 昨日竜崎が付けてきた、鬱血の痕のことだろう。おかげで夏だと言うのに、今日は首元が緩い服が着れず、暑い日には不自然なハイネックの服を着ることになってしまった。

「首の辺り噛んだりするの止めてくれよ。空調が効いてる室内だから首元まで隠れる服でも不自然じゃないけど、端から見たら違和感がある」

「すみません。月くんのきめ細かい肌の吸い付きがよくて、美味しそうに見えるもので。ついつい、噛んだり口付けたりしてしまいます」

「僕の体はお前の好きなお菓子じゃないんだぞ」

「私もカニバリズムの趣味はないはずなのですが……では、次からはこちらを弄らせてください」

 竜崎がそう言いながら指先を伸ばしたのは、僕の胸元。涼しい空調の空気に晒されて硬くなった乳首だった。

「……男のそんなこと弄っても、気持ちよくなんかなるわけないだろう」

「いえ、人間の先端にあたる部分は神経が集中していますから、男性の乳首も性感帯のひとつですよ。本当に気持ちよくなれるか、試してみましょうか?」

 竜崎はそう言うと、まるで赤子のように、と言うには色気にまみれた舌先で、僕の乳首を弄り始めた。

「んっ……」

 わざとらしく水音を立てながら吸われる、生温かい舌先の感覚に、吐息が思わず溢れる。

 男であっても性感帯だと言った竜崎の言葉は正しく、ただの飾りだと思っていたそこは、想像以上に甘い感覚を僕にもたらした。

「ふ、っ、はぁ……ん」

 僕の真っ平な胸に舌を這わせて、たまに唇で乳首を甘く食んだりする竜崎を不思議な心地で眺めていたはずなのに、いつのまにか僕の息は音になるほど上がっており、止めることが出来ない。

 すると、竜崎の黒い瞳と、視線が合う。

「月くん。サービス精神が旺盛なのは性行為において重要かと思いますが、少しわざとらしすぎますよ」

 いくら何でも初めてでこんなに感じるわけがないと、呆れるような視線を向けてくる竜崎に、僕はそんなつもりはないと首を振る。

「わざとらしいって……別に、演技なんてしてない」

「……本当ですか? だとすれば、やっぱり月くんには淫乱の素質がありますね」

 こんなに、何日も連続で私のことを求めてきてしまうくらいですから。と、僕が肯定しようと否定しようと、竜崎には僕を揶揄う準備が出来ていたらしい。

 誘導尋問のような言葉に引っかかってしまったことが悔しく、僕は竜崎を睨むように見つめる。だが、一方の竜崎は特に気にしている様子はなく、僕の寝間着のズボンに手をかけ下着ごと脱がしはじめた。

「この様子を見るに、どうやら本当らしいですね」

 僕の緩やかに勃起しはじめたペニスを指先で持ち上げながら、亀頭の部分に指を這わせ、溢れ出た先走りを指先に掬って僕に見せつけてきた。

「やめろ、よ」

 竜崎の指先にべっとりと付いた先走りは透明な糸を指の間で引き、僅かな触れ合いだけで僕がどれほど感じてしまっているのかを知らしめてくる。

 それを直視するのが嫌で、僕が竜崎から顔を背けていると、許さないとでも言うように、竜崎は再び僕の乳首に舌先を這わせた。

「んっ、あ」

「今でもこれだけ先走りが止まらないようですから、このまま開発していけば何時か乳首だけで射精できるようになるかもしれませんね。とても楽しみです」

 ニヤリと悪戯を楽しむように笑った竜崎に、絶対にそんなことあるわけないと反論したかったが、竜崎が唇で甘噛みしてきたせいで言葉は吐息となって形にならなかった。

 一体僕の体はどこまで快楽を感じてしまいやすいのかと、竜崎が言った『淫乱』という言葉へ本格的に恐怖を感じ始めた頃。

 ようやく竜崎の唇が僕の乳首から離れ、再び竜崎の黒い瞳と目が合った。

「月くん、今日なんですが、新しい玩具を試してみたいです」

 無論、よろしいですよね。と、僕の肯定を前提とした質問に、僕が断れないことを知っていてわざわざ問いかける意味はあるのか詰りたくなる。

「あ、あぁ……」

 今日は一体どんなものを用意したのだろうかと不安を覚えながら、しかしここで竜崎の趣味に付き合うのが、そもそもこの性行為に付き合ってくれる竜崎への見返りのため、僕は小さく頷いた。

 僕が一番快感を得られるのは、竜崎と直接つながった、いわゆる挿入の時だ。

 けれど、竜崎は自分にも快感があるはずの挿入より、こうして僕と『玩具』とやらで遊ぶときが、一番楽しそうだった。

 今日も楽しそうに、竜崎はベッドサイドに置かれているチェストの中から、今まで見たことのない『玩具』を取り出して、僕の目の前に置いた。

「今日はこんなものを用意してみました。どのように使うかご存知ですか?」

 竜崎が僕に見せてきたのは、ピンポン球よりも一回りほど小さい白色の球が、コードよって一列に連なった形をした玩具だった。

 コードの一番最後はリング状の取手に繋がっており、そのリングには三段階式のスイッチが付いているのが確認できる。この手の玩具に付いているスイッチというのは大抵がバイブレーションの機能を持つもので、ならば形から推察するに一つしかない。

「ローターの類い、か?」

「はい、正解です。この球の一つ一つが、振動します」

 よくできましたと子供を褒めるような口調のくせに、竜崎はやらしい指使いで球を持ち上げると、赤い舌先でペロリと白いそれを舐め上げた。

「この球を全部入れれば、きっと月くんの深いところまでいっぱいになるでしょうね」

 球は七つありますから、きっとここまで埋まりますねと、竜崎は僕の臍のあたりに指を滑らせる。

 そこはいつも、僕が竜崎のものを受け止める時、突き上げられるような感覚がする部分で、あの幸福感を玩具でも味わうことができるのかと、思わず期待に息を飲んだ。

 そんな僕の反応を見て、竜崎はクスリと笑をこぼし、背後から僕を抱きしめる。

「想像してみてください。月くんのお腹の中がこれでいっぱいの時、スイッチを入れれば、とても気持ちよくなれると思いませんか?」

 耳元で囁かれる、低く甘美な声色に、電流が走ったように背筋が震える。

 竜崎の言う通りに、この玩具を僕の中に入れて、スイッチを押せば、僕は一体どれほど乱れてしまうのだろうか、期待混じりの恐怖を覚えた。

 きっと、優等生の夜神月とはかけ離れた、無様な姿をさらしてしまう。そんなこと、普段の僕であれば決して望まない。

「月くん。使ってみたいですか?」

「んっ、あ、あぁ……」

 けれど、竜崎の声は催眠術や魔法でも使っているかのように、僕から正常な思考を奪い去って、拒絶と言う選択肢の存在を忘れさせて、呆然と頷かせてしまう力を持っている。

 罠にかけられたような気分でいる僕に、竜崎はそれが月くんの望みならば応じてあげましょうと、僕の体を押し倒して四つん這いにさせた。

「では、入れますよ」

 竜崎は、ここ最近使いすぎてほとんど残っていないローションのボトルをベッドの隅に放り投げると、すぐに僕の中にローションにまみれた玩具を一つ、押し込んだ。

「っ、は……! あ、ぁ……ぁ」

 いくら直径が竜崎のペニスよりも小さいとは言え、なかなかの質量のあるそれに、吐息と共に自分のものとは信じられないほど甘い声が出てしまう。

 しかし、竜崎が抱いた感想が違うようで、二つ目の球を押し込みながら、竜崎は呆れたようにおやおやと呟いた。

「今日はまだ一度も指を入れて慣らしていないんですが、ずいぶんすんなりと入りましたね。どうやら連日やりすぎてしまったようです。月くんのここは排泄のための穴ではなく、ペニスを受け入れるための性器になってしまったみたいですね」

 事実、もうこんなにも簡単に二つ目が入りましたと、竜崎は僕の中に入った球を指でコツコツと叩きながら囁く。

 その吐息を吹きかけるような、僕の羞恥心を誘う言葉に耐えきれず、僕は子供が駄々をこねるように首を振った。

「あ、や、ちがっ、う……」

「では、どうしてこんな簡単に入るのでしょうか。あぁ、もしかして今日、私に隠れて自分で弄っていたんですか? トイレに行くふりをして、今夜が待ちきれずに、自慰でもしていましたか? これは、後で月くんがトイレに行ったときの監視カメラを確認しないといけませんね」

 竜崎の言っていることなどデタラメだ。当然だけど僕はトイレで自慰などしていないし、竜崎も決して本気で言っているわけでは無いのだろう。

 だが、このままではいつかきっと、僕が一人で自慰をしていないかと確認するという名目で、竜崎は監視カメラで録画した、僕が排泄している映像を見るかもしれない。

 それも、こうして僕の羞恥心を煽るのが好きな竜崎の事だ。手錠でつながっているからと理由をつけて、僕にも一緒に見させようとする未来がありありと想像できる。

 そんな変態じみたプレイ、今までの僕であれば全力で拒絶していただろう。しかし、なぜだか今は、そんな想像をしてしまう度、球が入った後ろをキツく締め上げてしまう。そしてその度に、固い球が僕の快感の源を刺激した。

「っ、――ぁ、あぁ♡」

「……気持ちよさそうですね、月くん。これで最後です」

 竜崎の言うとおり、僕の中に七つ目の球が、ぐちゅぐちゅと水音を立てながら入り込んできた。直腸の壁の奥へと押し込められる、お腹の中を満たす圧迫感は、竜崎のペニスを挿入した時の感覚に近い。

 だが、無機物のそれから得られるのは異物感の方が強く、僕は呻きながら飲み込めなかった唾液をシーツに垂らした。

「竜崎、くる、し、い……」

「ええ、よく頑張りましたね。すぐに気持ちよくしてあげますよ……この通り」

 竜崎がそう笑った瞬間、おそらくスイッチを押したのだろう。僕のお腹の中を満たす玩具が一斉に震動をはじめた。

「ッ――、はっ、が、ぁ――、ぁ!」

 今まで使っていたローターとは違う、僕の中心を貫いて、圧倒的な質量を持つ玩具が起こす震動に、悲鳴が喉を劈きそうになり必死に耐える。

 まるで全身が震えているようだと錯覚する感覚に身悶え、シーツを握りしめていた僕の手を掴みながら、竜崎は背後から僕のお腹を撫でた。

「すごいですね、腹部に触れてこの震動なら、中に入れている月くんはもっと強い震動を感じているでしょう。月くんは痛いくらいが気持ちよいらしいですから、今、さぞ快感なのでは?」

「は、ちがっ――ぁ、くる、し!」

「そうですか? 月くん、今にも出てしまいそうなほどですけど」

 ほら、と竜崎は僕の亀頭を指先で撫で上げる。

 その感覚に思わず腰が砕け、ベッドに深く倒れてしまいそうになったが、お腹に触れていた竜崎の手が支えとなってシーツに身体が埋もれることはなかった。しかし、竜崎の手に体重をかけてしまったせいで、限界まで入ったお腹を押されるような形になってしまい、僕はさらなる圧迫感に身悶えることになった。

「ッ――――、あ゛ぁ、が!」

 己の喉から出てきた声は、人間のものというよりは獣のようだった。

 そんな僕を労わるように、あるいはどこか嘲笑うように、竜崎は僕の頭を撫でながら、僕の顔近くにやってきた。

 一体何かと僕が顔を上げると、目の前にあったのは、まださほど勃起していない竜崎の下半身だった。

「月くん、このまま、舐めてください」

 まさかと僕が想像した通り、竜崎はこのままいつものように、僕にフェラチオをさせるつもりらしい。

 一番初めにして欲しいと言われた時は嫌悪感を覚えた行為も、今となってはいつもの事で、すっかりと得意になってしまっていた。

 だが、お腹の中を支配されているこの状況で、満足なフェラチオが出来るとは思えないと視線で訴えたが、竜崎の意思は変わらないらしい。

「色々と大変かとは思いますが、歯を立てないように、お願いします」

 さぁ。と、竜崎はペニスを僕の唇へと近づける。瞬間感じた、先走りから感じる竜崎の匂いに、僕の身体は躾けられたように自然と舌先を伸ばしていた。

「っ、ん……」

 先走りを全て舐め上げてから、竜崎の硬くしなやかな筋肉がついた太腿に手をあて、一度にペニスを口の中に含む。まだ勃起しきっていないそれを咥えるのは簡単だったが、すぐに先走りのなんとも言えない塩味が口内全てを支配した。あんな頑なに甘いものしか食べない竜崎とはいえ、先走りはシロップのような味はしてくれない。

 けれど、身体の中に玩具を入れたまま長い時間苛まれたくないという焦りと、何より竜崎のこれを早く入れて欲しいという懇願にも似た欲求から、僕には口を離すという選択肢などなかった。

 この数ヶ月で、どうすれば竜崎が心地よくなれるか、元から学ぶことは得意な僕はとても簡単にフェラチオなどという淫行を習得してしまっている。おかげで竜崎のペニスはすぐに硬さを帯びて、僕の口内をいっぱいにした。

「月くん……上手になりましたね。高級娼婦よりも技量がありますよ」

 僕の頭を撫でながらそう口にする竜崎に、お前はそんな奴らと交わったことがあるのかと、嫉妬にも似た感情が湧き上がってくることに自分でも驚く。

 いくら普段からLとしての正体を隠しているからとはいえ、竜崎だって僕以外に経験があるのは不思議じゃない。そんなこと分かっているし、僕だって他人のこと言えた義理ではない。

 けれど、僕の心はまるで竜崎の恋人気取りで、竜崎に僕以外の経験があるというのが、あまりにも疎ましく苛立ちを覚えさせた。

 だから、他人と比較する思考の余裕など与えないようにと、僕は嗚咽が込み上げるのも厭わず、喉の奥を使って竜崎のペニスを扱き上げた。

「ぅ、う、っ――、ふ、はぁ、あッ」

「ッ――、月くん」

 僕がイかせようとしていることに、竜崎もすぐに気付いたらしい。今まで余裕を携えていた様子から、微かに吐息を零しながら僕の名前を呼ぶ姿に、久しぶりの優越感を抱く。

 精液を飲むことは未だに慣れないし、何より竜崎がイくなら僕を沢山突き上げてから、中で出してほしい。自分がイった後の揺蕩うような、意識が朦朧としている時に感じる、奥に射精されているドクドクといったペニスの脈動が、僕はたまらなく好きだった。

 だから、こうしてフェラチオで竜崎がイくことは僕も望んではいないが、それでも竜崎の頭の中から僕以外の存在が消えていることは喜ばしい事だ。

 けれど、竜崎はもういいですと、僕の頭を抑えながら腰を引いた。

 竜崎に促されるまま僕も大きく口を開ければ、すっかりと勃起した竜崎のペニスが、僕の舌との間に透明な糸を引いて、姿を現した。

「っ、はぁ……は、んっ……はぁ」

「ありがとうございました、月くん」

 そう、口では僕にお礼を言ってみせる竜崎だったが、僕に射精寸前まで追い詰められたのが気に喰わなかったのだろう。見上げた竜崎の顔には不服のような、それでいて新しい悪戯を思いついたような薄ら笑いを浮かべていた。

「では月くん。自分で、中に入っている玩具を出してください――、当然、手を使わないで」

 竜崎は、僕に膝立ちをさせながら、そう悪意を滲ませた声色で耳元に囁いた。

 手を使わないでと言う事は、つまり排泄するようにこの玩具を出せと言うことかと、竜崎の要求にめまいがする。

「りゅう、ざ、き……」

 これ以上僕を虐めないでくれと、僕の両腕を拘束しながらじっとこちらを見つめる竜崎に懇願を向けるが、しかし竜崎はどうかしましたかと首をかしげるだけで、僕の意識など汲んではくれない。

「月くんは、早く私のものを入れてほしいんですよね? でしたら、これが入ったままではできません。早く自分で出してください」

「っ、でき、な……ぁ、あ」

「そうですか、でしたら仕方ありません。今夜は目一杯、この玩具で遊びましょう。この玩具で何回イけるか、キラ容疑者である月くんの耐久力を調査するのも捜査の一環ということで」

 そんなふざけた捜査があってたまるかと、僕が顔を上げた瞬間、僕のお腹の中を支配する玩具の震動が強くなり、竜崎の方に倒れこむ。

「ッ――――、あ゛、あぁ、りゅ、ざッ! き!」

 苦しさのあまり、頼むから止めてくれと悲鳴を上げながら、必死に竜崎の顔見上げる。

 しかし、今この場の主導権を握っている男は、無表情のまま僕を見つめるだけで、決して助けるそぶりなどは見せない。それよりも、止めてもらいたいのであれば何をすればいいか分かっているだろうと、無言のまま視線だけで僕に語りかけてくる。

「月くん」

 声色だけは優しさを伴った言葉に、僕は必死に悲鳴を飲み込みながら、何度も必死に頷く。

「わか、っ、た! 自分で、だ、あ゛ッ、だす! から、とめ、で、ぐれッ!」

 もはや言葉にすらなっていなかったが、しかし竜崎には僕の意思がちゃんと伝わったらしい。よく言えましたとでも言うように、竜崎は僕の頭を子供をあやすように撫でながら、ようやく玩具のスイッチを切った。

 瞬間、動きの止まった玩具に、僕はようやく苦しみから解放されて、竜崎の肩に頭を置きながら何度も荒い呼吸を繰り返す。

「あッ――ぁ、はっ、はぁ……っ、う、はぁ」

 必死に酸素を求めるせいで、唾液を飲み込むことが出来ず、竜崎の白い服に染みを作ってしまう。シンプルな見た目に反して肌触りの良いそれはおそらく高級品だろうが、竜崎は特に僕が汚してしまったことを気にする気配はなく、そんなことよりもと僕の耳元に唇を寄せた。 

「では月くん、自分で出してください」

 僕の呼吸が落ち着く間もなく、竜崎はそう僕の耳に囁く。

 もう少し待ってくれと竜崎に視線を送るが、しかし竜崎の表情は変わらず、ただ一心に僕が自分で玩具を取り出すのを待っていた。

 このまま躊躇っていては、嘘つきだの何だのと言われて再び玩具のスイッチを入れられかねない。

「ぁ、あ、わか……った」

 意識が朦朧としはじめている中、僕は疲労困憊の肉体に鞭を打つように、竜崎に導かれるまま、ベッドボードに手をついて、竜崎に向けて見せつけるように腰を突き出した。

 四つん這いに近い姿をさせられただけでも恥ずかしいのに、さらに僕の中に入っている玩具を見ようと、竜崎はとても楽しそうに親指を咥えながら僕の臀部の前まで顔を寄せる。

「りゅう、ざ、き……」

「たくさん玩具が入って、よほど苦しいんですね。月くんのここ、さっきから痙攣が止まりません」

 竜崎はそう言うと、指先で掠る程度に、僕のアナルを撫で上げた。そのくすぐったいような、けれど確かに快感を伴った感覚に、思わず腰が抜けてしまう。

 だが、すぐに竜崎に支え直されて、再び僕は竜崎の目の前に己の恥部を晒すことになる。

 竜崎の吐息を肌に感じる気さえして、たのむからそんな場所を見ないでくれと首を振ったが、竜崎は移動する気配はない。

「月くん、さぁ、早く」

 僕を急かす言葉と、玩具に繋がるコードが揺れた感覚。おそらく、竜崎が再びスイッチに触れたのだろう。このままでは再びバイブレーターのスイッチを入れられてしまう。と、僕は覚悟を決めて、玩具を手を使わず取り出すため、下半身に力を込めた。

「っ、はぁ……は、ッ、はぁ……」

 ローションによって滑りが良くなっているとはいえ、それなりの大きさを持つ玩具を出すのは中々に力がいる。

 なにより、竜崎の目の前で排泄の真似をしているのが、いくら痴態を晒してしまっているとはいえ、僕の羞恥心を煽った。

 しかし、竜崎は僕の羞恥心など気にも留めず、興味深そうに僕のアナルから玩具の球が吐き出されるのを見ていた。

「あ、うぅ……っ、はぁ、ん」

 ぽこり、と音を立てながら、ようやく一個目がアナルから出てくる。

「白色のせいか、こうして見ると、まるでタマゴでも産んでいるようですね。キラ容疑者の産むタマゴから孵るのはなんでしょう、死神、ですかね?」

「止め、ろ……言うな」

 振り向きながら竜崎を睨めば、まったく心のこもっていない様子で竜崎はすみませんと形だけの謝罪を口にした。

 相変わらず僕をキラとして扱うことにも腹が立つが、何よりこれを産卵に見立てられるのが、あまりにも恥ずかしい。

 けれど羞恥心を刺激されて苦しいはずなのに、もしも本当に僕がタマゴを産むのだとすれば、それを孕ませたのは竜崎だろうか。なんて、馬鹿げた妄想で興奮してしまう自分が恐ろしかった。

「っ、は……はぁ、ぅ、あ、ああ」

 そうやって身悶えているうちに、僕はようやく二つ目、三つ目と球を吐き出す。

 あと四つ、玩具を吐き出せれば全部終わる。そうすれば、ようやく一番気持ちい事が出来るのだ。と、僕はその瞬間を待ち望みながら、大きく深呼吸をして再びアナルに力を入れた。

 その瞬間だった。ずるずるという音と共に、不意に僕の中に入っていた玩具が勢いよく引き抜かれた。

「ッ――――が、あ、あぁ! あぁあ゛、あぁ♡」

 突然やってきた圧迫感からの開放と、力を込めていたせいで球が抉るように僕の前立腺を刺激したことで、目の前が真っ白になるような絶頂が全身を駆け抜ける。

 思わず腰を震わせて射精する僕に、竜崎はわざとらしい笑い声を上げた。

「ああ、すみません。月くんがやっぱり大変そうだったのでお手伝いしてさしあげたんですが。どうやらイってしまったみたいですね。まぁ、月くんはよく挿入しただけでイってしまうことがあるので、一度出しておくくらいが丁度いでしょうが」

 イったばかりの敏感なペニスを指先で突きながら、竜崎はさも申し訳なさそうな声色で、僕の姿を嘲笑う。

 その様子に、射精の余韻に身体をベッドに預けながら、最初からこれが狙いだったのかと、竜崎の企みを知る。

 よほど僕にフェラチオでイかされそうになったのが癪だったのだろう。ならば先にイかせてやるだなんて、竜崎はベッドの中でも負けず嫌いらしい。

 それを言えば僕も負けず嫌いなのだが、散々責め立てられイった僕の腰はもう立たず、振り向いて憎まれ口を叩く元気もない。

「りゅ、うざ……き」

 だからせめてと名前を呼んだ僕に、竜崎は優しくいたわるように僕の頭を撫でた。

「イったばかりで恐縮ですが、そろそろ私のものを受け入れていただいてもよろしいですか?」

「あ、まって、りゅ……ざ、き」

「おや、待っていいんですか、月くん。貴方のここ、ひくひくと収縮を繰り返していて、今すぐにでも入れてほしそうですか」

 ほらこの通りと、竜崎は僕のアナルの縁に指を這わせる。

 前にプレイの一環で竜崎のペニスを抜いたばかりのアナルを鏡越しで見せられたことがあったが、おそらく今の僕もあの時と同じ様にぽっかりと穴が広がってしまっているのだろう。

 それを卑猥だと笑う竜崎に、己の身体が改造されていく恐怖と僅かな期待が沸いてきてしまうのは、もう堕ちてしまった証拠なのだろうか。

「月くん」

 竜崎の低い声が、甘く僕の名前を呼ぶ。

 その毒のように僕を惑わせて蕩けさせる声に、今すぐにでも従って入れてくれと懇願してしまいたい。

 だが、どうしても譲れない点があると、僕は鉛のように重たくなった身体を必死に仰向けにして、こちらを見下ろす竜崎と目を合わせた。

「りゅう、ざき……顔、みながら、が、いい」

 後ろから壊れるほどに突き上げられるのも、それはそれで気がおかしくなるほど気持ちよいことを知っている。

 だが、僕が一番好きなのは、竜崎が相手だということを実感できる正常位で、竜崎と深く繋がっている気がして、これこそセックスで求めるべきものだろうと思う。

 しかし、竜崎はどこか驚いたように僕を見つめると、そうですかと視線を逸らした。

「りゅうざき」

 舌足らずな声で、目の前の男の名前を呼ぶ。

 本当は竜崎の本名を呼んでみたいと思うが、顔と名前によって相手の命を奪うことのできるキラ事件に関わっている限り、キラ容疑者として扱われている僕が竜崎の本名を知ることはできない。そもそも、世界の切り札『L』の本名など、本人しかわからないのだろうけれど。

 だから僕は、せめて感情だけでもと、竜崎という名前が本名であるかのように想いを込めて、その名前を呼ぶ。

 僕の声に、竜崎は珍しく一瞬だけ戸惑ったような表情をしたが、すぐに今までの楽しそうな様子に戻り、僕の頬を撫でた。

「月くん、入れますよ」

 竜崎はそう宣言すると同時に、僕の中に反り立ったペニスを容赦なく奥まで挿入した。

 さきほどまで玩具に支配されており慣れていたとはいえ、やはり竜崎のペニスの質量は玩具よりも大きく、深く僕のお腹を満たした。

「っ、はぁ! あ、あぁ……っ、ん♡」

 自分のものとは思えない、高くはしたない声が響いてしまう。

 しかし、それをみっともないと思う心なんてものは、すでに僕の中には存在しない。

 それよりも、ようやく僕が待ち望んでいたものが入ってきたのだという喜びの方が溢れ、僕は衝動のままに竜崎の身体を抱きしめた。

「あ、あっ、りゅ、うざき……♡ 深い♡きも、ちぃ……っ、ん、あっ♡」

 激しく律動する竜崎の動きに合わせて、喉の奥から声が押し出されるように喘いでしまう。

 俯瞰して見ても、昼間の自分とは全く違う姿に、以前の僕であればこんなものは夜神月ではないと、取り乱して否定しただろう。

 それは竜崎も同じようで、どこか苦笑に似た表情で、再び勃起した僕のペニスの裏筋を指先でなぞり上げた。

「こんな様子を見ると、改めて月くんがたくさんの女性とお付き合いしていた理由がよく分かります。いつから性依存気味だったんですか?」

 竜崎はどうやら、僕が何人かの女の子と同時に親しくしていたのは、ただセックスが好きだからと言う認識らしい。

 こうして混ざり合っている時に他人の存在を仄めかすのはマナー違反でだろうかと思うが、竜崎にそんな気遣いがあるとは僕も想定していない。

 けれど、僕が竜崎以外の相手にもこんな姿を見せていると思われるのが癪で、僕は頭を振って否定する。

「違う、おま、え……んっ、はぁ♡ 竜崎、だけ、だ! 他の奴とは、こんな、きもちよく、ひっ♡、あ、あぁ……♡な、ぁあっ♡」

 それはベッドの上のサービストークというわけではなく、僕は本当に、こんなに気持ちいいセックスをするのは竜崎とが初めてだった。

 高校時代、告白された女の子と付き合って、何度かそういう行為をしたことがある。けれど、どれだけ交わったところで、こんな取り乱すように感じたことなど一度もない。

 だからずっと、僕は自分が性に淡白な人間なのだと思っていた。四六時中、常にセックスのことや下ネタが頭の中にあるような友人のことを軽蔑さえしていたほどに。

 なのに、今はこうして毎晩竜崎を求めてしまうほどになったのだから、竜崎の言う性依存という言葉も違うと言い切れないのが怖い。

「……では、月くんは後ろで感じる才能があるんですね。勉強もスポーツも出来て、さらには淫乱の才能まであるとは、まるで神に愛されたような人間だ」

 神の祝福があったと言うわりには、淫乱という言葉に込められた侮蔑に近い声色に、そんなことはないと首を振る。しかし、そんな僕を嘲笑うように、竜崎は首を傾げて僕の顔を覗き込んだ。

「月くん、私は心配です。こんなに毎晩毎晩、飽きもせず性行為を求める貴方が……もしもキラ容疑が晴れ、この手錠を外して開放された時、どうやってその身体の疼きを満たすつもりですか?」

 セックスの間も外すことのない、僕らの間にある手錠の鎖を引っ張りながら、竜崎は心配を装い僕に問いかける。

 初めて手錠をかけられた時、すぐにでも外せるように早くキラを捕まえようと決意したはずなのに、竜崎に終わりを示唆された瞬間、僕の中に悲しみのような切なさが溢れ、離れないでくれと竜崎の身体を強く抱きしめた。

「やめてくれ」

 こんなにも満たされているのだから、今はそんな話をしたくない。

 このままずっと、竜崎との間に鎖があればいいなどという、不可能な願いをしてしまう自分に気付きたくないんだと、竜崎の肩に頭を埋める。

 しかし、そんな僕の反応がおかしいと、竜崎は僕の耳元でクスクスと笑い声をこぼした。

「ですが、月くんはキラではないんでしょう? なら、いつか無罪だと分かったら、もう一緒に入れません。でも……月くんがキラなら、そうですね。どこの国の司法にも渡さず、ずっと私の手元に置いておきましょうか」

 そうすればずっと一緒ですよと、冗談めかして告げてくる竜崎に、ふざけるなと睨みをきかせる。

 だが、竜崎に鋭い視線を向けながらも、今の提案に毒のような甘さを覚えてしまったのも事実だった。

 そんな僕の心の揺らぎを敏感に察知して、竜崎はいけませんかと、暗闇のような全てを飲み込む瞳で僕を惑わせてくる。

「月くんが、自分がキラだと認めれば、最高の生活をお約束しますよ? 私だけしか知らない場所に閉じ込めて、外部と隔離された世界なら、月くんは時間も世間体も何も気にせず乱れることが出来ます。月くんが楽しめる玩具をいっぱい用意してあげましょう。シラフでこれだけ乱れているので不要とは思いますが、物足りなくなったらいくらでも合法違法を問わず薬を用意してあげます。脳に不可逆な障害が残るかもしれませんが、もう二度と外に出ることもないので問題ありません。それか、自分は本当は望んでいないと言い訳する方が快感に繋がるなら、月くんの足の腱を切って逃げ出せないようにしてあげましょう。自分はおぞましい相手に捕らえられて肉体を弄ばれているんだというシチュエーションの方が、マゾヒストの傾向がある月くんには快感ですか?」

 ぐちゅぐちゅと、下半身から与えられる挿入の快感と、耳元から洗脳されるように囁かれる言葉の快楽に、恐ろしい提案をされているというのに判断がつかなくなる。

 すると、竜崎はふと動きを止めて、アナルからペニスが抜けそうになるギリギリのところまで腰を引いた。

「あ、っあ゛、りゅ、ざ……っ♡」

 僕の中から出て行かないでくれと伸ばした手を拒むように、竜崎が僕の両手首を掴む。

「月くん、自分がキラだと認めてください。そうすれば、続きをしてあげますし、これからもずっと月くんが大好きな快楽を与えてあげます」

 おぞましい、麻薬のように、脳から僕を破壊するような提案だった。

 こんな方法で僕の自白を取ったところで、本当に僕をキラとして立件できると思ってはいないだろう。

 だが、たとえセックスの時の戯れ言だとしても、一度でも自分がキラだと認めてしまうことは、僕にとっては恐ろしかった。

 僕があんな犯罪者なわけがない。父さんに憧れて、刑事を目指して、犯罪のない平和な世界を作りたいと幼い頃からずっと願っていた僕が、キラなわけがない。

 それなのに、これからもずっと竜崎と一緒であるという誘惑に、この快感が死ぬまでずっと約束されている甘言に、衝動的に頷いてしまいそうになる。

「 っ……う、ぅ…………っ、ぼく、は」

「夜神月。貴方が、キラですね」

 獲物を追い詰める獣の目に、息を呑む。

 このまま竜崎の言葉に頷いてしまえば、僕はこの悪魔のような男に人のみで食い殺されてしまうのだろう。

 そしてそれは、とんでもないほどの快感を伴っていることを僕は知っている。

 ほんの少し、頷いてしまえば、享楽に流されてしまえば、幸せになれる。

 だが、こんなはしたない姿をさらけ出している己の何処に、理性なんてものが残っていたのだろうか。僕は決して竜崎の甘言に頷くことはなく、必死に首を振って否定した。

「違う、僕は、キラじゃない……」

 たとえどんな状況であろうとも、それだけは譲れない。

 そんな僕の姿を見て竜崎はどこか興ざめしたような、それでいて少しばかり安心したような表情で、僕の目尻の涙を舌先で拭った。

「すみません、月くん。少しばかり虐めすぎましたね。貴方はどうにも、私の加虐嗜好を刺激するもので、困ったものです」

 自分の性癖を僕のせいにするなと、いつもの僕であれば言っていただろう。

 だが、今は竜崎のふざけた言い訳よりも、頬に触れる竜崎の舌先の温かさが心地よくて、もっと触れてくれと竜崎の頬に顔を押し付ける。

「……っ♡、竜崎、もっと」

「…………、プライドの高い月くんに甘えられるのも、中々に面白いですね。ですが、本当に月くんがこの監視から開放された時、どうなってしまうのか心配です。まぁ、月くんのことですから行きずりの不特定多数の相手と頻繁になんて自分を擦り減らすことなく、その容姿と知性を存分に使って最高のパトロンを探せると思いますが」

 財界にも政治家にも男色家は多いですからと笑う竜崎に、相変わらず僕は誰にでも足を開くのだと思われているようで、気に喰わないと竜崎を睨んだ。

「僕は、淫乱じゃ、ない」

 はっきりと告げた言葉は、竜崎にとってシュールなギャグか何かにでも思えたのだろう。

 こんなに自分の下で喘いでいるお前が、淫乱以外のいったいなんだと言うのかと、耐えきれず笑いを噴き出した。

「まったくもって説得力がありませんね、夜神月。そういう台詞は、せめて三日ほど禁欲した時にでも言うべきですよ。まぁ、仮に禁欲したとろこで、貴方は反動でさらに乱れるんでしょうが――」

 僕を嘲笑う言葉が止まらない竜崎の唇をそっと、己の唇で塞ぐ。

 舌先を僅かに絡ませるだけの、今までしてきたマニアックなプレイと比べれば、とても健全な行為だというのに、竜崎は信じられないといった様子で僕のことを見つめていた。

 唖然としている竜崎の表情が面白くて、僕はくすりと微笑みを零しながらもう一度竜崎とキスをした。

「っ、はぁ……僕が、こんなに気持ちいいのは、竜崎が、好き、だからだ」

 セックスに一番重要なのは、テクニックよりも何より、愛している相手とするかどうか。なんて、基本的なことすらお前は知らないのかと、今度は僕の方から竜崎を嘲笑う。

 今まで女の子とセックスをして、どうして何も感じなかったのか、今ならばよくわかる。僕は彼女達に愛など抱いていなかった。求められたから与えたという、ただの施しに近い行為だった。

 けれど、今は違う。僕はきっとたぶん、竜崎のことが好きで、恋愛感情なんてものを抱いてしまっている。

 だから、蕩けてしまいそうなほどに気持ちいい。もっと深く繋がりたい。どんな意地悪なプレイでも受け入れてしまう。

「好きだ、竜崎」

 もう一度愛を囁いてから、僕は竜崎に口付ける。

 一方、未だに呆然と僕を見つめる竜崎に、今度は僕の方から問いかけることにした。

「竜崎は、どうして僕を毎晩のように抱いてくれるんだ」

 確かに一番最初に、この行為を始めたのは竜崎の方からだった。けれどそれはただキラ容疑者への興味本位と言うべきか、決して僕に欲情したというわけではなかったように思う。

 それでも今は確かに、竜崎は僕との行為を受け入れて、用意した玩具や興味を優先することはあれど、最後はこうして抱いてくれる。

 竜崎にとってはキラ容疑者という、一番警戒しておくべき相手だというのに、そんな相手とセックスを繰り返すことは、危険な行為に含まれないのだろうか。

「竜崎」

 それでも僕を抱いてくれるのは、お前にも僕に何か感情があるのだと、期待してもいいのかと首を傾げる。

 その瞬間、竜崎は誤魔化すように再び動きを再開させて、僕を突き上げた。

「んっ、あ゛――♡、あぁ!」

「どうしてだと思いますか、月くん」

 再びかき乱される意識に、落ちてしまわぬようにと竜崎の体を抱きしめる。

 すると、竜崎は僕の腰を持ち上げると、体を起こして自分の足の上に僕を座らせた。その際、重力によって一番深い直腸の壁を竜崎のペニスによって押し上げられて、悲鳴のような嬌声が出てしまう。

「ひぃ、ッ――あ゛♡、りゅ、ざっ、き♡!」

 竜崎の背中に回した手が、爪を立ててしまう。シャツ越しであろうとも痛いはずだが、竜崎は気にする様子も呻く様子もなく、再び僕に問いかける。

「こうして快楽を条件にすれば月くんがキラだと自白するのを期待しているせいでしょうか。それとも、月くんがキラとしての能力を取り戻した時、私を殺すのを躊躇ってもらうためかもしれません。月くん、あなたはどう思いますか?」

 竜崎の言葉は、問いかけという形をしているくせに、容赦なく僕の体を突き上げてくるせいで、僕の答えなんて望んでいないのではないかと思わせた。

 事実、本当に竜崎は僕の考えなんて聞きたくないようで、自問自答でもするかのように、独り言のように呟き続ける。

「ねぇ、月くん、貴方は私と同じレベルで賢いですから。考えてみてください」

「っ、ひ、ぎぃっ――♡! あ、あ゛♡! わか、わからな、♡ッ! あぁ!♡」

「分からない……貴方らしくない回答ですね。ですが……そうですね、どうせ何を考えたところで、分かるわけがありませんし、私がこれが正解だと言ったところで、すぐに裏があるのではと疑ってしまう。私達の関係とはそういうものです」

 たとえセックスであろうとも、僕らはLとキラの関係から逃れられないのだと、竜崎はどこか諦めているような気配があった。

 だからこそ、竜崎はそれならばと、僕に提案してくる。

「月くん、なんだったら嬉しいですか? どうして私が月くんを抱くのか、どんな理由なら、もっと気持ちよくなれますか? 教えてください、月くん」

「ひっ、あぁ、んんんっ♡! りゅぅ、ざ、きっ♡、い゛、あ゛!」

 僕に答えさせる気のない、激しい動き。

 いっそ暴力とさえ思える突き上げに、僕は竜崎の問いかけに答える前に、全身を震わせてイってしまった。どくどくと迸る精液で互いの腹部が濡れていく感覚に、今度は竜崎のペニスでイけたことに対する嬉しさが込み上げてきた。

「っ――ひ、ぃ、はぁ♡、っん♡」

 絶頂の余韻に恍惚としている僕を見ながら、竜崎がどこか寂しそうに微笑む。

 その表情がどうにも悲しくて、僕はボーっとした頭のまま、深く考えることなく竜崎の頬を手のひらで包み、唇を重ねた。

「ん、っ、ちゅ……♡ふ、ぅ、ん……はぁ♡」

 深く、深く、互いに混ざり合うことを目的とした、舌先を絡め合うキス。

 竜崎が普段からお菓子ばかり食べているせいではない、心を満たす甘さと温かさを伴ったキスに、全身が溶けてしまいそうなほど熱くなった。

 しばらくずっと唇を重ね合わせて、ようやく離した時、互いの間に唾液の糸が引いたのが見えた。

「月くん」

「好き、だから」

 何かを告げようとした竜崎の言葉を遮り、僕はその言葉を口にする。

 瞬間、竜崎は自分が何を言おうとしたのか忘れたようで、唖然とした表情で僕を見つめた。

「竜崎が僕を抱くのは、僕のことが、好き、だから……。だったら、とっても嬉しくて、気持ちいい」

 僕だけが竜崎のことを愛しているのではなくて、この感情は互いに向け合うものがいい。

 そんな、セックスにおいて当然のようで、けれど何処か傲慢で強欲な願いを口にした僕に、竜崎はくすりと笑みをこぼして僕の唇を舐めた。

「分かりました。では、私も夜神月のことが好きだから、抱いている。それが真実ということにしましょう」

 竜崎はそう言うと、僕の身体を優しく抱きしめながら、耳たぶに舌を這わせながら、時折歯を立てて囁く。

「月くん、貴方のことが好きです」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は自分の中に熱が戻るのを感じた。

 今さっきイったばかりなのに、再び硬さを取り戻す僕のペニスを指先で弄びながら、若いですねと竜崎が笑う。

「あっ、ああぁ♡りゅ、ざき♡ ま、まってはげしっ……ッ! ひぃ♡ ひゃ、ああ♡」

「愛してます、月くん。貴方の知性が、貴方の姿が、貴方の全てが、愛しくて仕方ありません。貴方がキラでも、キラでなくとも、手放したくありません。私の感情をこれほどまでに揺さぶる貴方を絶対に逃がしません。私の目の前から消えることは許さない。貴方がどれほど許しを乞おうと、必ず貴方を捕らえます。逃げ道を全て塞いで、永遠に私の手の中に置きます。私のことを好きだなんて言った事を後悔するくらいに、貴方を奪い去ってしまいたくて仕方ありません。それほど貴方を愛しています」

 捲し立てられるように、満足な呼吸すら挟まず告げられた言葉は、愛なんて言葉で装飾されていたが、執着と表現するのが相応しい感情に思えた。

 けれど、最初に言われた好きだという言葉に僕の脳は支配されてしまって、竜崎の口からおぞましい言葉が紡がれ続けていることに気づけない。

「月くん、貴方は私のことを愛していますか?」

「あ、あっ♡! あい、してっ! 愛してる、好きっ、だ、りゅうざ、きぃ♡、あ、あぁ゛♡!」

「えぇ、私も、愛しています。月くん」

 誓いのキスでもするように、竜崎は僕の唇を塞ぐと、そのまま全身の骨が折れるのではないのかと思うくらい、強く僕を抱きしめた。

「ッ――――♡、ぁあ♡、っ♡」

 その時、中で感じるドクドクとした竜崎のペニスの脈動に、竜崎が僕の中でイったのだと感じて、途方もない幸福感が僕を支配した。

 意識した瞬間、また僕も三回目の精液を弱々しくも吐き出して、再び服とシーツを汚してしまった。

 けれどそんな罪悪感など感じる間もなく、僕は口付けと精液の温かさを感じながら、真っ白な世界に意識が堕ちていった。

 ただただ、気が狂うような幸せを全身で受け止めながら。



 

 

 

 


 

「これが本当に愛故だと、お前は思っているのか、夜神月」

 恍惚とした表情で意識を失っている彼の姿を見下ろしながら、私は一人そう冷めた声で呟いた。

 散々先ほどまで愛だのなんだのと言葉を紡いでいた心はひどく乾いていて、全くもってふざけた茶番だと己のことを嘲笑った。

「夜神月。お前のそれは愛なんかじゃない。それはストレス障害による、ただの……自傷癖だ」

 そうでもなければ、飽きもせず毎回毎回意識を失うような性行為など繰り返せるはずがない。

 性行為で意識を失ってしまうというのは、ポルノのような性的興奮のために作られたフィクションの世界では快楽の末に、と表現されるだろうが、実際のところは肉体に限界を強いている自傷行為に他ならない。普通は、気を失ってしまうまで自分を追い込むセックスなどしない。みんな熱に浮かされているようでいて、しっかりと自分の限界を把握しておく。

 聡明な夜神月が、この程度の基本的なことができないわけがない。つまり、夜神月には性行為において自制するという意識が一切存在しない。それがどれほど異常なことか、この子供は気付いていないのだ。

「(夜神月がキラであるならば、その精神力は計り知れず、神にも等しい。だが、それは殺人という一線を越えてしまったが故に、精神の自己防衛によって築き上げられたものだ。そのキラとしての意識がない夜神月では、表面上どれほど取り繕っていようとも何かしらストレス反応があるとは考えていたが)」

 拒食症、過食症、あるいは不眠や過眠、幻聴、幻覚といった症状が代表的だが、まさか性行為による自称癖とは、さすがの私も想像していなかった。

 初め、私と夜神月の間で行われていたのは、あくまで互いの腹を探り合う上で行う、騙し合いのような性行為だった。それこそ、互いに仲が深まったと了承し合う儀式として行ったテニスと同じものだ。ただテニスでは私が外で顔を晒す必要があり、尚且つ私達では注目を集めてしまい厄介だから、二人だけで行えるゲームとして選ばれたにすぎない。

 だが、こうして夜神月と手錠で繋がり監視するようになった、つまりは夜神月がキラとしての記憶を失ってからの性行為は、ただ夜神月が自分を苛むために行う自傷行為の色を帯びていった。

 今日使った玩具も、私の要望の形を取っているが、使うことを望んでいるのは夜神月の方だ。いつもいつも、挿入する前に今日などんな道具を使われてしまうのだろうかという、恐怖と期待が入り混じったあの表情。とは言っても、夜神月は自分があの時、笑みを浮かべて私の方を見ているとはまったく気付いてはいないのだろうが。

 あんなに分かりやすい喜びを浮かべて、それでいて自覚がないなど、冗談にしても笑えない話だが。

「(それを言えば、そもそもプライドの高い夜神月が陵辱的な行為を受け入れ、進んで私に奉仕するような行動そのもが自傷的と表現できるだろうが)」

 今まで誰にも負けたこともなければ、屈服したこともない、強者として生きてきた男だ。

 それなのに夜神月は何の躊躇いもなく、私のペニスを咥えろと言えば従うし、口内に吐き出した精液を飲めと言えば飲み込んで、吐き気がするような味だろうに美味しそうに微笑んでは恍惚とするのだ。

 支配され相手の色に染め上げられることに興奮する、マゾヒストのような嗜好はプライドを酷く傷つけるだろうに、プライドが傷つけられることそのもが、既に夜神月の興奮に繋がってしまっている。

「(ストレス反応は原因から三ヶ月ほど経過してから症状が出る。五十日以上の監禁と、手錠による監視もそうだが、キラとして人を殺していた時の精神的負担が記憶を失ったことで表面化してきたか。否、私に傷つけられるという体を保とうとするあたりから、私が彼に顔を晒し追い詰めた頃のが一番の原因か)」

 そう夜神月の精神分析を行いながら、私は彼の中から自分のものを引き抜く。

「っ♡ ん、っ…………ぅ♡」

 瞬間、無意識の内だろうが、まだ出ていかないでくれと言うように、彼の身体が痙攣と共に私を搾り上げた。が、気にすることなく夜神月から離れて、意識を失い痴態を晒す姿を見下ろした。

 開ききって閉じることを忘れてしまったらしいアナルから、ドロリと己が吐き出した精液が流れ出し、ベッドを汚した。とは言っても、既に互いの腹や胸元、ベッドのシーツに至るまで夜神月が吐き出した精液やら汗やらローションやらで汚れきってしまっているせいで、今更どれほど汚れたところで気にはならなかった。

 そんな酷く不快な環境であるベッドの中で意識を失っている夜神月はどこまでも恍惚としていて、どこまでも異様だった。

「(よく、こんな暴力的な性行為で、ここまで乱れることが出来るものだ)」

 今回使用した玩具のように、私は彼が苦しむ姿をどれほど見ても勃起するのが難しいというのに、彼は苦しむのが通常であるように興奮して性を昂らせている。

 夜神月は本当にこれが正常な性行為だと思っているのだろうか。だとすれば、それは箱入りで純粋な環境で育ってしまった弊害だ。だから夜神月はあれほどまで聡明だというのに、この性行為が自分を傷つけているだけだということに、未だに気づくことができない。

 哀れで、愚かで、無為な行い。

 そう、私は夜神月との性行為を評価している。

「それなのに、私はどうしてこうも律儀に、貴方に付き合っているのでしょうね」

 気付けば口から溢れでていた言葉に、全くその通りだと天を仰ぐ。

 私がわざわざ夜神月の自傷癖に付き合う理由など、どこにもない。性を持て余して、どうしても自慰が止められないのだと言うならば、酷い行為でなければ感じないのだと言うならば、そういった専門家を雇えばいい。無論キラの捜査本部に不用意に他人を招きたくないというのはあるが、それにしたって私が付き合ってやる必要はどこにもない。

 それなのに、私の中にはどうしたって、己以外が夜神月の自傷癖に関わるという選択肢が浮かんでこなかった。正しく言えば、考えてはみたものの、様々な言い訳を並べ立てて、絶対に私以外が夜神月に触れるのは許容できないと否定してきた。

「月くん、私は、本当に分からないんです」

 今日、貴方に問われた、どうして僕を抱くのかと言う問い。

 それは今まで散々私が自問自答を繰り返し、それでも明確な答えが出てこなかった問いの一つだ。

 けれど、今日夜神月が告げた、私が夜神月を愛しているからと言う答えに、何か真実のようなものを垣間見たと思ってしまったのは、ただの気の迷いだろうか。

「……自分のことを愚かだと思ったのは、初めてです」

 私が、Lが、キラを愛しているなど、馬鹿らしい。

 そんな愚かで救いようのないことがあっていいわけがない。

 けれどどれだけ言い訳を並べ立てようと、己の中に浮かんできてしまった感情を否定するには、決定的な何かが足りない。

 そんな不満をぶつけるように、私は憎らしくも愛おしい、夜神月の唇に口付けを落した。

 どうか、生涯私の感情が、キラに知られることのないようにと願いながら。

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