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「​From L to L」
1

 

 私がその存在を知ったのは、キラを逮捕した翌年の冬、二〇〇五年十二月のことだった。

 

『L、貴方と個人的に話をしたいと相談が』

 

 日本とドイツで合同調査を行っている国際犯の捜査のため、日本に行ってもらっていたワタリからそう連絡が入った。
 通常、私と話せるのは各国の首相であったり、警察の責任者であることが多いが、個人的な話となれば別だ。普通はそんな要望をもらったところでワタリが断っているが、しかしこうして聞いてきたということは、私にとって少なからず縁がある相手なのだろう。
 そして日本においてワタリが確認するほど縁のある相手といえば、かつてキラ捜査を共に行ったメンバーだろうかと当たりを付ければ、パソコンの画面にその男の姿が映った。

 

『竜崎……いや、L。少し話をしたいんだが、いいだろうか』
「ええ、大丈夫ですよ、夜神さん。お久しぶりですね」

 

 私の想像通り、そこにいたのは以前会った時よりも随分と白髪が増えた夜神総一郎の姿だった。
 彼と最後に顔を合わせてから一年程度しか経過していないはずだが、やはり己の自慢の息子がキラであったというのが相当に堪えたらしい。以前は年相応の外見をしていたが、今は随分と老けて見える。とはいえ、キラ事件の功績によって警察庁次長になったと聞いているから、威厳のある姿になったとも言えるだろうが。

 

「それで、私と個人的な話がしたいというのは」
『実は、おそらく貴方宛てに手紙が届いた』
「手紙、ですか」

 

 私が日本警察と共にキラ事件の捜査を行っていたことは公然の事実だ。ならば私とコンタクトを取りたい人間が日本警察を経由して私に手紙を出す、という事はたしかにあるだろうが、それが取るに足らない内容であれば夜神総一郎が私に伝えることはないだろう。
 しかしその手紙とやらは、わざわざ夜神総一郎がワタリを捕まえてまで私に見せる価値があると思ったものであるらしい。さらに『おそらくL宛てである』という、私に向けて書かれたものかすら定かではない代物であるにも関わらず、だ。
 久しぶりに感じた、私の中の好奇心を刺激する話に秘かに息を飲んでいると、夜神総一郎は一つの茶封筒をカメラに映した。

 

『これが先月、私の家に届いた』

 

 その茶封筒の宛名は、私がかつてキラ事件を捜査したビルの住所と『キラ事件特捜部 竜崎様』という、私が捜査本部の人間と弥海砂といった、一部の人間にしか名乗っていなかった偽名が書かれていた。当然既にキラ事件特捜部は解散しており、この宛名であのビルに届くことはなかったのだろう。封筒には宛先に尋ねが当たらないという郵便局のシールが張られていた。
 つまり、この封筒は宛先不明ということで送り主に戻っているはずのもの。
 そして、戻った先が夜神総一郎の家ということは、裏側の送り主に誰の名前が書いてあるのかは見なくとも分かった。
 だが、そんなはずあるわけないと、私はその事実を確認するためにも夜神総一郎に尋ねる。

 

「その封筒の送り主は、夜神月、なんですね」
『…………あぁ、そうだ』

 

 夜神総一郎はそう言いながら、封筒の裏に書かれている差出人の部分を私に見せた。
 夜神月。
 去年、私がキラとして処刑台に送った男の名前が、まさに彼の筆跡で書かれていた。

 

「死んだ人間から手紙をもらうとは思いませんでした」

 

 そもそも手紙などもらうことがない生活をしているが、その送り主が処刑されたはずの殺人鬼というのも、なかなかある話ではないだろう。
 一方で、私に封筒を見せてきた夜神総一郎は未だに戸惑っているらしい。無理もない、死んだはずの息子が出したという正体不明の封筒を受け取ったのだ。混乱は私よりも酷いだろう。

 

『あぁ、その、もしかしたら悪戯かもしれないものなんだが、しかし万が一という可能性も捨てきれず……何より、息子の名前は報道されなかったから……』
「そうですね。それに、夜神月という名前ならキラ逮捕後に事件に関わった捜査員であれば知るものも複数居ますが、私があのビルで竜崎と名乗っていたことは当時の捜査本部のメンバーしか知り得ません」

 

 つまり、仮にこの手紙を出すことができるとすれば、それはキラ事件の捜査本部の人間か、あるいは夜神月自身だけということになる。無論、捜査本部の人間、あるいはアイバーやウエディが関わっている可能性もないわけではないが、全てを判断するためには、まずはその封筒の中身だと私は夜神総一郎に問いかける。

 

「夜神さん。その封筒の中には何が」
『中には、洋書の封筒が入っていた。これだ』

 

 夜神総一郎がそう言って取り出したのは、これといって特徴のない真っ白な洋書封筒だった。こちらも、メーカーを特定することはできるだろうが、どこの事務用品売り場でも売っていそうな簡素なものだ。

 故に、私の注意は、封筒に書かれていた文字に向けられた。

 

 

『From L to L』

 

 

 Lから、Lへ。
 否、月から、Lへ。だろうか。


 実に一般的な手紙の書き出しに、見慣れた夜神月の筆跡。確かにこれは悪戯としては処理できない部類だと、私は興奮を噛み締めるように、親指の爪に歯を立てた。

 

「なるほど。それで、中にはなんと」
『あぁ、それが……中の便箋には、ただの数字の羅列しか書かれていなかった』
「数字?」

 

 私がそう尋ねると、夜神総一郎は便箋の中から一枚の白い紙を取り出した。そこには彼が語った通り、まさに無作為と言った様子で、いくつもの数字が羅列されていた。何かの規則性があるようにも見えず、円周率のような数学定数に一致するものでもない。

 

『おそらく暗号だとは思うんだが、専門の部署の人間に見せてみても、これだけではなんとも分らんと言われてしまってな』
「そうですね、通常、これが暗号であるならば、いくつかの鍵となる数字があるはずなんですが……」

 

 そこまで口にして、私はある可能性に思い至る。
 仮に夜神月がこの手紙を私に送ったのだとすれば、おそらく鍵となる数字も私だけが知るものか、あるいはデスノート事件に関わった人間しか知らない数字である可能性が高い。暗号とは目的の相手以外に読まれるのを拒み、そして伝えるべき相手に伝わらなければ意味がない。
 ならば、夜神月はこの数字の羅列だけで私が暗号を解くには十分だと思ったのだろう。
 全くもって挑戦的な子供だと、久しぶりに感じたキラの気配に、思わず背筋が快感に震えるのを感じた。

 

「……夜神さん、全ての数字が見えるように、カメラに向けてください」
『あ、あぁ、分かった』

 

 私は画面に映し出された数字をパソコンに取り込むと、果たしてこの暗号の鍵は何かと考えを巡らせる。
 ひとつ、これではないかという候補があった。しかしその暗号を読解するためには、三つの素数が必要になる。デスノートに関わる素数、名前を書かれてから死ぬまでの時間である40秒と、死因を記載した際に詳しい死の状況を記載することの出来る6分40秒という時間。このどちらも素数ではないが、しかし41と641であれば素数に該当する。ならば、もう一つの素数は、夜神月が死神に書かせたという偽のルール、最後にノートに名前を書いてから13日以内に新たな名前を書かなければ死ぬという、13という数字。これを当てはめれば、おそらく。

 

『L、どうだ、分かりそうか』

 

 夜神総一郎の声を遠くに聞きながら、私は無我夢中でその数字を入力して、復号のための計算を行う。
 そうすれば、私の求めていた数字の羅列が、計算結果として画面に表示された。
 瞬間、まさかという驚愕と、やはりという確信が、私の全身を支配した。

 

「――――ワタリ、夜神さんが持っている封筒を全て回収して私の元に送ってくれ。それから、アメリカの大統領に今すぐ連絡を繋いでほしい」
『L! 待ってくれ、解読が出来たなら説明してくれ! なんなんだ、その数字の羅列は!』

 

 夜神総一郎の酷く慌てた声。正直、今は一つ一つ説明する時間さえ惜しかったが、しかしこの話は夜神総一郎にとっても無関係とは言い難い。故に、私は焦る気持ちを抑えながら、計算結果を夜神総一郎にも見えるように、ワタリの持つパソコンに画面にも表示した。

 

「これはRSA暗号です。詳しい説明は省きますが、この暗号を解読するためにはデスノートのルールに出てくる数字を知っていなければ解けません。そして、復号を行った後の数字をアルファベットに置き換えたのが、こちらです」

 

 出てきた言葉が、いかに世界に衝撃を与えるのか理解しながら、私は夜神総一郎にその言葉を伝える。

 

 

『I AM ALIVE. TRY TO KILL ME !』
僕は生きている。さぁ、僕を殺してみろ!

 

 大量殺人鬼、キラは生きている。
 今、この世界のどこかで。
 

 アメリカの大統領のスケジュールは分刻みだと言うが、それを私の都合に合わせられるのも今までLとしてアメリカに恩を売り続けていた功績と言っていいだろう。
 ワタリに大統領との通話を依頼してから一時間もしない内に繋がった電話にて、私はその向こうに居るのがアメリカという大国のトップであるということも気にせず、詰問をするような態度でその男に問いかけた。


「率直に聞きます。キラである夜神月に司法取引を持ちかけましたか?」
『L、貴方が一番知っている通り、キラは多くの人間を殺しすぎた。彼に出来る司法取引などない。以前伝えた通り、キラは間違いなく処刑された』

 

 想像した通りの回答に、私は隠すことなくため息を吐く。
 大統領の言うとおり、キラは犯罪者をはじめFBIといった多くの人間を殺した。それこそ、戦争以外で個人で殺した人数でいえば、歴代の犯罪者の中でも最も多い。そんな人間相手に出来る司法取引など存在しない。と、常識に当てはめて考えればそうだろうが、しかし相手は常識など通用しない方法で人間を殺していたキラだ。
 その裁きが法などというものを超越することは、想像に難くない。
 なにせ、キラには名前を書くだけで人を殺せる、デスノートというものがあるのだから。

 

「二冊目のデスノートの在り方と引き換えに命だけは助ける。という司法取引は交わしていないという意味ですか」
『……L、たのむ、我々を信頼してくれ。キラの処遇は、君に報告したことが全てだ』

 

 堂々としてはいるが、どこか弱々しい色を含んだ大統領の返答に、なんとも怪しい信頼だと私は男の言葉を鼻で笑う。
 そもそも、夜神月が間違いなく処刑されたと言うのを現時点で立証するのは不可能だ。
 夜神月が埋葬されたのがアメリカであれば、その死体からDNAを取ることで証明することも可能だっただろう。
 しかし彼の母国は日本であり、処刑後、彼の死体は父親の手によって日本に運ばれ、あちらの文化にそって火葬されたと聞いている。
 故に、今更彼の墓を掘り起こしたところで出てくるのは遺骨だけであり、そして火葬された遺骨ではDNA検査をすることは出来ない。つまりその遺骨が、間違いなく夜神月のものであることを誰も証明などできない。
 だからこの問いかけは、あなたの方から真実を白状する気があるのかと言う確認に過ぎず、そして大統領はキラが生きていることを認めなかった。
 それならばアメリカは私に対して隠すつもりなのだと解釈して、これ以上の話は無駄だと判断する。

 

「分かりました。あなたが言っていることが真実なのか、私自身が判断します。そちらで所持しているキラの資料を全て私に送ってください。秘匿したいものがあるならご自由に隠してしていただいて構いませんが、私は必ず全てを暴きますので」


 お前たちが何を隠そうが、何を闇に葬ろうとしようが、それら全てをこの私『L』に対して隠しきれると思うな。
 そうやって脅しの言葉を最後に告げたおかげだろう。私が電話を切ってすぐ、大統領から莫大な量の資料が届いた。あれもこれもといった様子のデータに、よほど自分達は何も隠していたいのだとアピールしたがっているのが伝わってきた。
 しかし、それがカモフラージュである可能性は十分にあるため、私はどんな事件の資料を読むより入念に。それこそ、キラ事件を追う時のような心地で、夜神月が拘束され処刑されるまでの記録に目を通した。

 


 だが、どれほど資料を読み込んだところで、そこに書かれているのは私がかつて受けた報告と大差なく、せいぜい取るに足らないような細かいエピソードが添削されず残っている程度だった。

 

「L、新しい紅茶を用意しました」

 

 資料を読み始めて、何度目になるかさえ忘れたワタリの声に、私はふと顔を上げて時計を見た。
 時計の針は私が資料を読み始めて数時間しか経っていないことを示していたが、それにしてはワタリが運んできたお菓子や紅茶の回数が多いと思い、新しいティーセットの用意をはじめたワタリに確認する。


「私がこの資料を読み始めて、どれぐらい時間が経った」
「先程、二日と三時間が過ぎた頃です」

 

 そろそろ眠る準備をされますかと聞いてきたワタリに、私はまだいいと淹れたての紅茶に角砂糖をどぽどぽと落としながら答えた。
 いつもであれば、電源の落ちた機械のように椅子の上で眠りにつくような頃だ。だが、私は熱にうかされたように一向に眠気などというものを感じることなく、まだキラの糸口すらつかめていないと言う苛立ちすら覚えていた。

 

「捜査はどのような状況ですか?」

 

 もしの指示があるならば今すぐにでも。と、私からの指令を確認するワタリに、まだその域には至っていないと私は首を振りながら十個目の角砂糖を口に運んだ。

 

「新たに分かった事と言えば、夜神月の最後の晩餐がリンゴ一つだった事くらいだ」

 

 ワタリ曰く二日間と少し、私が彼の毎日の食事すらわかるような量の資料を入念に読み込んだ結果として言えるのは、現時点ではこの資料のどこにも穴らしい穴がないという事だった。
 通常、都合の悪いものを隠そうと資料を改ざんする時、その資料が膨大であれば膨大であるほど、ボロというものは出てくる。
 時系列が狂っている。明らかに記述が少ない。そういった何かを隠す意図が見えるものだが、しかしこの資料からは何もその類のものは発見できなかった。

 

「いつか私に、夜神月が生きていることを知られると恐れ、よほど入念に隠したらしい……」

 

 事実、送られてきた資料の中には、夜神月が処刑される瞬間の映像まで含まれていた。
 私は、もう何百回と見たその動画データをもう一度、最初から再生する。

 

『これよりキラの……夜神月の処刑の記録を行う』

 

 映像を再生して一番最初に聞こえるのは、これが何の映像であるか確認を行う捜査官の声だった。
 カメラはそのまま、ベッドの上に拘束される夜神月へ向けられる。その周囲には、これから夜神月に投薬する為の薬物を準備する医者の姿と、何人かの捜査官。それから、これから死にゆく息子を見送る夜神総一郎の姿があった。

 

『月……』

 

 尊敬しているはずの父親が自分の名前を呼んだと言うのに、カメラの中心に映る夜神月は特に反応することもなく、ただ天井の一点を見つめていた。
 やがて、一人の男が夜神月に近づくと、物々しい表情で彼の顔を覗き込んだ。

 

『夜神月、何か最後に言い残す事は』

 

 決まりきった文句に、夜神月は小さくため息をこぼしたかと思うと、かすかに周囲を見回した。
 だが、すぐに全てに飽きたように瞼を閉じると、彼はそのきれいな形をした唇をわずかに動かした。

 

『何もない。あとは頼んだ』

 

 たったそれだけの言葉を最後に、夜神月はもう口を開く気は無いようだった。
 それを察した男は、医師に対して静かに初めてくださいと告げる。それに対して医師もまた静かに頷くと、淡々と夜神月に対して薬物を注入するための管を刺していく。
 やがて、その管を通って、彼の体に薬物が三段階に分かれて投与される。
 一回目は全身麻酔が、ニ回目は筋弛緩剤が、三回目は心臓を止める薬物が、順番に、彼の体の中に入る。
 そして、夜神月の最後の言葉から数分後、医師が口を開いた。

 

『夜神月の死亡を確認しました』

 

 それが、全世界を騒然とさせた大量殺人鬼、キラ――夜神月のあまりにも淡々とした最期だった。
 息子の死を告げられた父親のすすり泣く声だけが、その部屋の中で一番大きな音に聞こえるほど、静かな死刑執行だった。
 そこで映像は途切れ、以降の夜神月については分からない。

 

「お手本のような流れですが、偽装工作をしようと思えばいくらでもできるように見えますね」
「ああ、銃殺刑や斬首ならもう少し判断できたが、薬殺ではいくらでも疑えてしまう」

 

 夜神月に投与された薬物が本物であるか、医師の告げた死亡宣言が本物であるか、そんなものはこの映像で確認のしようのないことだ。
 否、そもそも仮に銃殺刑や斬首であったとしても、あの手紙が届いた時点で私は今と同じ位に疑っていただろう。

 

「なかなかに、彼が起こすのは難しい事件ばかりですね」
「あぁ、こんなことなら私が」

 

 直接、彼の死刑に立ち会って、その死を確認すればよかった。
 と、言葉にしようとして、私はふとあることに気付く。
 夜神月の処刑方法が薬殺刑になったのは、大統領も参加したとある極秘の会議の中でだったが、なぜか処刑方法の提案の中に、最もポピュラーな絞殺刑が含まれていない。
 偽装するのであればどの処刑方法でも手順が違うだけで行うことができるはずだが、どうして絞殺刑だけが除外されているのか。
 その理由を探ろうと、処刑方法に関することを探していると、ある記述を見つける。

 

『夜神月に処刑方法の要望はないか確認を行ったところ、絞殺刑以外であればなんでもいいとの回答だった』

 

 薬殺刑は夜神月自身の選択ではなかった。
 だが、夜神月は絞殺刑を望まなないという選択を行った。

 

「処刑方法が絞殺刑でないことが重要なのか……?」

 

 夜神月が今生き残っていることに、いったいどの程度、彼に裁量があったのかはわからない。すべて彼の才能に目をつけたアメリカの主体で行われたのか、あるいは彼の天才的とまで言える詐欺師としての力を使って導いたのか。
 今のところ、どうにも判断がつかないことばかりで、可能性は半々といったところだが。
 しかし、夜神月の選択が何を選んだかという記録は重要だ。そこに彼の意思が、キラが何を考えていたかの糸口がある。

 

「……なんであろうと、必ず私が全てを暴きます」

 

 それが、世界で唯一キラを追い、キラを捕まえることの出来た『L』としての使命だ。
 そう改めて決意を口にしながら、私は再び思考と推理の海に沈んでいった。
 

 キラを捕まえた季節になると、決まってキラの夢を見る。
 私にそんな感傷的な精神があったとは正直驚いているが、これは私の人生をかけた事件に対する達成感が見せるものなのだろうと、自己分析は済んでいた。
 しかし、私が見る夢はキラを捕まえた瞬間の光景ではなく、キラを捕まえるまで行っていた捜査の日々を断片的に思い出すような夢だった。

 その日に見た夢は、いつ話したかも覚えていない、ほんの些細な雑談の記憶だった。

 

「竜崎の誕生日って、ハロウィンなのか?」

 

 どうしてその話の流れになったのか、そしてどうして私が本当の事を言ったのか、そこに至るまでの記憶は欠如している。それほど私にとって取るに足らない会話であり、こうして夢でもなければ思い出さないような事だった。
 夜神月はブラックのコーヒーを片手に、私の誕生日がハロウィンであることをしきりに笑った。

 

「大爆笑といった様子ですが、そんなに面白いですか、月くん」
「あははは、だって、ハロウィンだろう?」
「別に、ハロウィンが誕生日の人間も居れば、クリスマスが誕生日の人間もこの世にはいくらでもいると思いますが」
「だけど、お前だろう? お菓子しか食べない、オバケみたいな見た目のお前の誕生日がハロウィンなんて、もっと分かりやすい嘘つけよ」

 

 どうやら夜神月の中で、私の誕生日はハロウィンだというのは嘘だと認定されてしまったらしい。
 お前にしては安易な嘘だなと笑う彼の姿に、私たちの関係で真実を言うのがいかに難しいかを知った。
 私には珍しく嘘をつくつもりがなかったし、冗談を言うような流れでもなかった。
 だがしかし、私の本当の誕生日が嘘だと思われていようが、本当だと信じてもらうようが、どうでもよかった。
 私の誕生日がキラ事件に関わることは決してないだろう。だから、たとえ夜神月がキラであろうとも、なかろうとも、その真実はさしたる意味を持たない。
 だから私は訂正することもなく、彼の笑い声を聞きながら、肯定するでも否定するでもない曖昧な返事をした。

 

「随分と楽しそうなので、月くんのお好きなように解釈してください」
「おい、拗ねるなよ、竜崎。……でも、まぁ、珍しく竜崎が教えてくれた個人情報だからな。今年は特別に騙されて、祝ってやるよ」

 

 だから楽しみに待ってろよと、まるで友人に向けるような笑顔で笑った彼の姿が、なぜか脳裏から離れない。

 そして結局、その年のハロウィンを迎える前に、夜神月はキラとして逮捕された。
 彼が私の誕生日ではないと考えて、それでも信じてやると言った日に、何を計画していたのか私は知らない。そんな約束をした事さえ、彼が覚えていたのかも、全て。
 ただ、この夢を見たのが自分の誕生日であるハロウィンだったことを考えると、たとえキラ相手であっても、私自身は何かを期待していたのだろうか。

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