top of page

「受胎の檻」

 連続大量殺人犯、キラとして捕らえられてから、もう何日経過したことだろうか。
 己の体内時間から言えば、おそらく二十九日ほど。とはいえ、この期間の間、目隠しに拘束された状態のまま、何度も何度も移動を繰り返してきたせいで、今僕自身がどこにいるのかは不明だ。外の状況から推理しようにも、ようやく目隠しを外された場所は窓一つ無い真っ白な部屋で、外が朝なのか夜なのか、 ここが都心なのか郊外なのか、そもそも地上ではなく地下なのか、日本なのかさえ分からない状態だった。


「お久しぶりです、月くん」


 数日ぶりの光というものに、まだ目が慣れず視界が揺らぐ中、目の前から聞こえる声に体を起こせば、そこにはいつも通りの姿で僕を見つめる奴の姿があった。


「竜崎……」


 僕は一ヶ月ほど前、この男に敗北した。
 己の身の潔白を証明するための13日ルールの嘘も、Lを殺すよう仕向けたレムも、全てが不発に終わった。まさかレムがLを殺さず、むしろLと極秘に協力関係を築き、海砂の身の安全と引き換えに13日ルールの嘘を教えるなど、なんとつまらない裏切りによる終わりだろうか。海砂の幸せは僕と一緒にいることだというのに、それなのにあの死神は『お前と一緒では海砂は決して幸せにはなれない』と、あまりにも独善的な主張を貫いて俺をLに売った。まさかレムがここまで頭が回らないとは、何より僕への嫌悪といった身勝手な感情を貫き通すとは思わなかった。それとも、これが僕が真の意味で理解しきれていない恋愛感情――レムから海砂へと向ける感情から来る、判断ミスだとでも言うのか。
 しかし、何が原因であろうとも、僕はLに負けた。それだけは、全身をベッドに縛り付ける拘束具の冷たい感覚が教えるように、決して覆しようのない事実だった。


「それで、ここで僕の目隠しを外すということは、僕の行く末が決まったということかな」 


 Lにそう尋ねながら周囲を見回せば、ここがあまりにも異質な場所だというのはすぐに理解できた。
 この部屋は、そのほとんどが真白で構成されており、一見すれば研究所の無菌室のように思えた。部屋の大きさはおおよそ五十平米ほどだろうか、随分と大きな部屋だが、透明な強化ガラスらしきもので半分に隔てられているせいで実際に僕が居る側は半分程度の広さしかない。とはいえ、手術台程度の広さの拘束具付きベッドしかないこちらの部屋は、あまりに無駄に広く感じてしまう。一方、強化ガラスの向こう側には、無数の配線が乱雑に張り巡らされたモニターやPCの類と、無機質な部屋に不釣り合いな色とりどりのお菓子が無造作に並んでいた。
 まるで実験室と観察室だと、僕は己が過ごすことになるこの部屋の感想をまとめた。


「はい、そうです。連続殺人鬼、キラ――貴方の最終的な処分が先ほど決定しました」


  竜崎は強化ガラスで隔てられた部屋の向こう側に戻ると、イチゴタルトをフォークで切り分けながらそう言った。どうやら、マイクを通じてこちらの部屋とあちらの部屋でも会話は問題なく出来るらしい。機械を通したくぐもった音声を聞きながら、Lは何をしているのかと首だけでも身体を起こせば、あいつは手元にある書類に視線を落とした。ここからでは書かれている文章の内容を読むことはできないが、いくつものサインが並ぶ書類に、それが僕の行く末を定めた各国の取り決めであることは容易に想像ができた。
 人の死を操ることができる、デスノートなどという存在を使った人殺しなど、まっとうな法律で裁くことなどできない。もしも己がキラとして裁かれる側に立った時、一体どのような扱いになるのかは、キラ事件の捜査の際にも話題にしたことがある。
 秘密裏による極刑か、あるいは禁固数百年という終身刑か。
 どちらにしろ表沙汰にはされないだろうという話になったが、どうやらここが僕の独房に決まったらしい。処刑されるまでの間、監視される場所なのか、あるいは残りの生涯をここで過ごすことになるのか。 
 しかし考える暇もなく、竜崎は指先でつまみ上げたその書類を読み上げた。


「月くん、君には残りの人生をこの場所で過ごしてもらうことになります」
「なるほど、それは意外な判断だったな」


 このまま僕を生かしておいてえられるメリットと、僕が再びノートを取り戻しキラとして再臨するデメリットを比べた結果、僕は極刑になるのが妥当だと考えていた。僕がいくら抵抗をしないそぶりを見せていても、それが演技であると竜崎は絶対に疑ってくる。そもそもがデスノートの存在を知っているという時点で、世界の政府としても決して生かしておきたくない人材であることには間違いがない。


「月くんの今後は、監視カメラによる遠隔と、私の目視及び同居による直接で24時間監視させてもらうことになりました。外物とのやり取りは常に私を通じて行いますが……まぁ、貴方は表では『キラ事件捜査による死亡』扱いなので、手紙が届くこともないでしょう」
「随分と、詳しく教えてくれるんだな」

「今伝えた程度のことでしたら、月くんは私が説明するまでもなく推察していたでしょう。問題はありません。もっと知りたければ貴方の死亡診断証明書もお見せしますよ。それとも、貴方の葬式の写真の方がいいですか?」


 竜崎が指先でつまみ上げる写真には、あいつが言うとおり僕の葬儀の様子とやらが映っているのだろう。そんなもので、僕の外界への希望を断ち切ろうとしているのか知らないが、まったくもって無意味な脅迫だ。
 たとえどんな鉄壁の監視だろうと、外界で夜神月が死亡済みとみなされ居場所がなかろうと、僕は決して諦めることはしない。ノートの所有権を手放さない限り、僕がキラであるという記憶は消えない。ならば後は、この監獄からの脱獄だと、再びこの竜崎という男との戦いに、心の中で闘争心を燃やしていた時だった。


「それから、もう一つ。月くんには子供を作ってもらうことになりました」
「……子供?」


 竜崎の口から出てきた言葉に、俺はどういうつもりなのかと竜崎を凝視する。
 確かに、僕の第二の性別はアルファだ。僕の子供であればその子供もまたアルファである可能性が高い。だが、わざわざアルファだからといって犯罪者に精子提供を求めることはない。たしかにアルファというのは貴重な存在ではあるが、しかし世界に数百万人という単位で存在する。貴重ではあるが、今すぐにでも絶滅するというわけでもない。わざわざ犯罪者の精子を使わねばならぬほど追い詰められている状況だとは聞いたことがない。
 だとすれば、竜崎と渡り合った俺の知性を買われて、精子提供をするようにとどこかの国が求めたのだろうか。確かに、知性というものは生まれながら持った遺伝的要因も大きい。次世代に優秀な遺伝子を残したいと考えるのは最もだが、随分と酔狂な国があるらしいと、俺は小さく溜息を吐く。


「精子提供ね、分かった。と言っても、僕の了承なんて端からいらないんだろうけど」
「いいえ、違います、月くん。貴方には、子供を作ってもらうと言ったんです」
「は……?」


 僕が行うのは精子提供ではなく、子供を作るとはつまり、僕に誰かと性行為をしろと言っているらしい。
 ベータか、それかアルファが生まれる確率の高いオメガと子供を作れということか。 それはつまり、僕が外部の人間と接触するということだ。わけがわからない、子供をなすだけであれば精子提供で十分だというのに、わざわざ不確定要素となり得る人間を入れる理由が見つからない。
 僕がその相手から情報を引き出し、あるいは情に付け込んで脱獄の協力関係を結ぶリスクだってある。それをあの竜崎が想定していないとは、とてもではないが考えられなかった。
 その時だった。他に、何かもっと別の理由があるのだろうかと考えている僕を見て、竜崎が笑ったような気がした。


「ああ、そうですね、自分のことをアルファだと思っていては、そんなに難しそうな顔をして考え込むのも仕方ありません」
「……何を言っている、竜崎。僕は間違いなくアルファだ」


 中学の頃に行われた定期検査も含め、僕はもう何度もアルファであるという判定を下されている。オメガのフェロモンに安易に惑わされないよう抑制剤は昔から服用していたが、 それでも時にオメガの友人から感じられるフェロモンはあった。それが、僕はアルファであると言う、何よりの証拠のはずだ。
 しかし、そんな僕の絶対の自信を持ち消そうと、竜崎は一枚の紙を僕の目の前まで持ってきた。
 それは検査結果のようで、 用紙の一番上には僕の名前がアルファベットで記されており、続けて下を見て行くと体重や身長といった基礎項目の中に、信じられない記述を見つける。

 

 


name:Light Yagami
Birth:2/28/1986
F Sex:male
S Sex:omega

 

 


 第二の性別の欄にある『オメガ』という言葉に、一体何が起きているのかと目を見開く。


「どういうことだ……僕は」
「驚くのも無理はありません。月くんは自己認識の通り、ほんの数日前までは貴方は間違いなくアルファでしたから」
「おい、その言い方じゃまるで、僕の性別が変わったみたいに……ッ!」
「言い方もなにも、言葉通りの意味です。月くんをここに護送するまでの間に、あなたの性別をアルファからオメガにする薬を何度か投与しました。そしてつい先ほど、あなたの性別が完全にオメガに変化したと報告を受けました」


 これがその証拠ですと、目の前で診断書をひらひらとわざとらしく揺らす竜崎に、僕は思わず掴みかかろうとしたが、両手両足を拘束する鎖のせいで、僕の怒りは竜崎には届かない。


「アルファをオメガにする薬なんて、聞いたことがない」
「そうですね、こんな薬が表舞台にあってはアルファの地位が揺らぎます。ですが、存在するのが事実です。アルファとオメガについては初源的な部分においては似通った部分が多いという研究結果は有名ですから、科学的にも充分信頼できる存在では? 少なくとも、名前を書いただけで人が死ぬと言うデスノートよりは、いくらでも」


 そんなデスノートを使っていたお前が、この薬ひとつ信じられないというのは滑稽だとでも言うように竜崎は首を傾げる。
 だが、僕が感情的になっているのはその薬が実在するか否かなんて言う部分ではない。
 僕は気づいてしまった。竜崎が初めに言った、僕に子供を作ってもらうというのがどういう意味なのか。それはつまり、僕にアルファとして精子提供をさせるわけでも、アルファとしてオメガかベータと子供を作るわけでもない。
 僕自身がオメガとして、誰かの子供を孕むことを指し示していた。


「これはいったい、何の冗談なんだ……。僕の性別をオメガに変えてまで、どうしてわざわざ子供を作る必要がある!」
「それは月くんが知る必要はありません。ですが貴方が言った通り、貴方に拒否権はありません。表の世界で死んでいる以上、貴方は既に死人です。人権などというものは期待しないでください」


 竜崎はそう言うと、 傍に置いていた厳重なケースを開き、その中から薬品が詰まった小さな瓶を取り出した。その中の薬液を注射器の中に移すと、竜崎はそれを指先で摘んだまま、僕の近くへと歩み寄る。


「これは、強制的に発情期を引き起こす薬です。月くんのように、アルファからオメガに変わったものは周期的な発情期は来ないので、少々乱暴ですがこの薬品で発情期を管理します」
「おい、やめろ……! 来るな、やめろ!」


 こちらに近づいてくる竜崎の姿に、確かな恐怖を覚えて後ろに下がろうとする。
 しかし、両手足が拘束されている中で、僕に逃げる場所などあるわけもない。何か逃げる方法はないかと画策する暇もなく、竜崎は何の苦労もなく僕の腕を掴みあげた。
 そして、注射器の針が僕の皮膚の中に潜り込んでいく痛みと、薬液が体内に入っていくひんやりとした冷たさに、背筋が凍る。


「ひッ――――!」


 時間にすれば10秒もない、ほんのわずかな時間だった。
 しかし、僕に絶望を与えるには十分すぎる時間だった。
 やがて、全ての薬液を注射し終えたのか、竜崎は僕から針を抜くと、乱暴に注射器を部屋の隅に投げながら、向こう側の部屋の壁にかけられている時計を見た。


「この薬が効いて妊娠できるようになるのは、大体6時間後ぐらいです。ただその間、副作用として強い催淫性がありますが……」
「っ……はぁ、あ、は!」
「ああ、もう身体に熱が回ってきたみたいですね」


 薬を打たれたというプラシーボなのか、あるいは本当に竜崎の言うように薬が回ってきたのか、己の心臓が壊れてしまうのではないかというほど激しく脈打ち、燃えるような熱を全身に伝えていく。
 そして、強い催淫性という言葉のとおり、体の熱と共に己の下半身へ疼きがやってくる。
 何もしていないのに隆起をはじめた性器は、すぐにスラックスを押し上げるほどに成長し、誰にも見せたくない己の醜態を晒してしまう。
 しかし、 どれほど隠したいと願っても、全身を拘束されているこの体では、隠すことはおろか、触れることさえできない。


「それでは、私には仕事があるので」


 一方、竜崎は僕の反応を確認した後、再び強化ガラスで隔てられた向こう側の部屋に戻っていく。先ほど自分が座っていた椅子にいつもの体制で腰掛け、再びイチゴタルトにフォークを突き刺した。 そして、仕事があると言った通り、竜崎は複数台のモニターへと視線を向けて、そのまま人形のように動かなくなってしまった。
 どうやら竜崎は、向こう側の部屋でLとしての捜査をするつもりらしい。いくら僕を監視する必要があるからといって、それならば今までしてきたように別室に移動してそこから監視カメラでも盗聴器でも何でも使っていればいいと言うのに、竜崎は平然とガラス一枚を隔てるだけの部屋で、僕の目の前に居続けた。


「おい、竜崎、ふざけるな……こんな屈辱的な!」


 こいつにだけは、竜崎だけには、こんな見苦しくて無様な姿を探したくない。だが、どれほど怒りと嫌悪の感情を強く抱いていたとしても、それを上書きする疼きが体の中を支配し、やがて精神も蝕んでいく。
 自然と浮いてしまう下半身は、少しでも何かの刺激が欲しくて揺れてしまう。そんな衣擦れのわずかな刺激でさえ反応を示した熱のせいで、下着の中が濡れ始めて気持ち悪かった。いつ滲み出た先走りがスラックスを汚してしまうか、不安がじわりと僕を追い詰める。


「クソッ……!」


 苛立ちを吐き捨て、どれほど竜崎を睨んで見ても、僕の世界は何一つとして変わる事はなかった。

 

「起きてください、月くん」


 顔を濡らす冷たい感覚に目を覚ませば、そこにはティーカップを逆さに持った竜崎の姿があった。どうやら冷めた紅茶を顔面にかけられたらしく、紅茶の甘い香りが髪の毛に染みついていた。


「りゅ、うざ……き」


 掠れた声で、そう男の名前を呼びながら、薬を打たれてからのことを思い出す。
 薬を打たれてから強制的にもたらされた激しい快楽に、最初の3時間くらいは必死に身悶え耐えていたような気がする。しかし、途中で意識を失ってしまったのか、限界を迎えてからの記憶がない。そしてその快楽は今も尚続いており、どうして目覚めさせて思い出せたのかと、竜崎への怒りが湧き上がってきた。


「おはようございます」
「っ……ふ、らけ、るっ、な」


 ふざけるなと吐き捨てるつもりが、呂律も回らなければ意識も混濁していて、まともに喋ることが出来ない。
 竜崎はそんな様子の僕を嘲笑うように口角を吊り上げると、僕のスラックスと下着に指をかけ、ずるりと僕の脚からそれらを取り除いた。
 散々に焦らされた肉体は既に限界まで興奮していて、隆起したペニスからは溢れんばかりの先走りが、陰毛どころか太腿まで汚す有様だった。


「若いおかげか、こんな状況でも元気ですね」


 竜崎はそう言いながら、僕のペニスに指先を伸ばす。
 腹に当たるほど勃起して興奮が収まらない今、たとえ竜崎相手であっても触れられただけで達してしまう。それだけは嫌だと心では身構えながら、しかし肉体は意思とは関係なく、今すぐに射精の快感が欲しいと腰が浮き上がってしまう。


「っ――――! ぁ、あっ、う!」


 だが、竜崎の指先が僕のペニスを包み込み、弄ぶように先走りを絡めながら撫で上げたというのに、身体は射精の感覚を得ることが出来ない。
 たとえ竜崎の手であろうと、刺激には変わりないはず。それなのに、本能はそこではないと、これでは求めている絶頂の感覚が得られないと訴えかけてくる。
 そして、それは竜崎にとって想像通りの結果だったらしい。満足そうな表情で、今度は強く僕のペニスを扱き上げて、腰がびくりと大きく跳ね上がったが、しかしそれでもやはり射精の感覚はやってこない。


「無事、アルファからオメガへ肉体が変化しているようですね」
「っ、う、はぁ! なんで、なにしや、がっ――ん!」


 ぐちゅぐちゅと音を響かせ、こんなに激しくペニスを扱われているというのに、決定的な快感がやってこない。
 その苦しみに竜崎を睨みつければ、竜崎は僕のペニスから手を離してベタベタになった手のひらを僕に見せつけてきた。


「月くん、君は頭がいいですから、オメガの男性の性器はどこか知っていますよね?」
「あ――っ、ひぃ、あ」
「おや、知らないんですか? オメガの性器はペニスではなく、こちらです」


 竜崎がそう、手をさらに下――アナルの方へと伸ばし、皺を伸ばすよう縁を撫でた瞬間だった。


「ひッ、あ――――! あ、あ゛あ゛ぁ!」


 目の前で火花が散るような錯覚と、脳から下半身へと駆け抜ける絶頂に、全身が震えた。
 身体が壊れてしまったのかと思うほど強い快感だった。しかし、それはいつもの絶頂とは異なり、腹部が痙攣するだけでペニスから精液が吐き出されることはなかった。
 いったいどういうことなのかと、混乱した頭は未だ去ってくれない絶頂の余韻に支配されて、まともに思考を働かせてはくれない。


「ひぃっ……あ、なん、で」
「オーガズムを迎えても射精していない。完璧です。孕む側の身体になりましたね、月くん」


 もはや泣き声のような声色の僕とは対照的に、竜崎は酷く満足した様子で僕の腹を撫でながらそう言った。
 孕む側。つまり、僕は今後種を吐き出す男性のような射精ではなく、オメガの直腸内にあるという子宮の痙攣によって、絶頂を迎え続けるのか。
 オメガの絶頂というのは、他の性別の何倍よりも快感が大きいのだと、俗物的な話をしていた友人達のことを思い出す。
 その話を僕はアルファの都合のいい妄想だと、表面上は笑いながらも心の中ではそんな馬鹿な話があるわけがないと呆れていた。
 けれど、間違いない。己の身体で体験してしまったからこそ、理解してしまった。
 オメガの肉体で絶頂を迎えるというのは、精神が破壊されるほどの、苦痛にさえ感じる快楽に苛まれるものだ。
 他のオメガがどうなのか、特殊な方法でオメガになった僕と同じなのかは分からない。
 けれど少なくとも、僕はあと一回でも再び絶頂を迎えてしまえば、自分を保つことが出来ないと思った。
 壊されてしまうと悟った。


「いやだ、はな、せッ! 離せ! ぼく、に――ふっ、うれる、な!」


 恐怖の衝動のまま叫び声を上げて、身体を無茶苦茶に捩って、竜崎から逃れようと身悶える。
 だが、手術台に拘束された僕がどれほど暴れようと、堅い拘束具は決して自由を許さず、ガタガタと音を立て、皮膚を刷り切らせ血を滲ませるだけで外れてはくれない。


「月くん、無理に暴れないでください。あまり抵抗が酷いようなら弛緩剤を使用しますが、まだ暴れますか?」
「止めろッ、離せ、離せって、言って!」
「先ほどから無意味に抵抗する姿、とても私を欺こうとした知能犯とは思えない無様な姿ですね。キラの精神力の強さは高く評価していましたが、下方修正する必要がありそうです」


 竜崎は呆れたようにそう言いながら、手術台の側面にあるタッチ式モニターを操作する。
 すると、手術台がゆっくりと動きだし、脚を固定していた部分が左右に大きく異動した。産婦人科にある検診台のような形へと変形した手術台を見ながら、どうやらこの手術台はただのベッド代わりではなく、性行為の為の機能を供えているのだと理解した。
 竜崎は大きく開かれた僕の脚の間に入ってくると、鷲塚むように僕の腰に手を当ててきた。性器を隠せず、竜崎の眼下に晒される羞恥心に、顔を背けたくなる。
 だが、僕はどうやったって竜崎の姿から目を反らせなかった。それはオメガとしての作り替えられた本能が、これから己に子種を注ぎ入れる存在をよく眼に焼き付けておけと全身に命令をしているのだろうか。
 そして、僕の想像通り、僕を孕ませるのは竜崎の仕事らしい。


「前々からアメリカに精子提供を求められていたんですが、今回のこれは丁度よかった。提供するのは精子そのものではありませんが、あのキラとの子供であれば文句は言ってこないでしょう」


 竜崎は僕のドロドロに汚れて先走りに溢れた下半身を見ながら、ゆっくりと自分のジーンズに手をかけた。
 下着と共にジーンズがふとももへ落ちていく様が、スローモーションのように見える。
 それはこれから自分に訪れる凌辱と妊娠への屈辱からなのか、あるいは先ほど以上の快感が得られるのだという期待からなのか、正直分からない。
 だが、竜崎の脚の間に見える、隆起したそれを見え覚えたのは、間違いなく恐怖だった。


「なんで、おま、えっ! こんっ、こんな、に」


 己も持っているはずの、勃起したペニスの姿が、発情したオメガとして見るとこんなにも恐怖を駆り立てられるなんて知らなかった。
 これが、今から、己の中に入るのだと考えただけで、自分は死んでしまうんじゃないかと、誇張なく感じてしまうなど、知りたくなかった。


「言っていませんでしたが、私もアルファですから。これほど濃厚なフェロモンにあてられては、生理現象として仕方ありません。……とはいえ、普段はフェロモンにあてられることはまずないんですが、何故でしょう。貴方がキラだから、思ったより私も興奮しているのかもしれません」


 竜崎は冷静に自分を分析しているような声色で言うが、しかしその瞳に宿っている、オメガを目の前にしたアルファ特有の欲情が、僕には明確に分かった。
 キラである僕と死闘を繰り広げた、あの竜崎が、僕に対して興奮しているなど、信じたくなかった。竜崎に犯されるくらいなら、まだ見知らぬ他人に犯されたほうがましだった。
 しかし、僕の願いなど聞き入れられるわけもなく、気付けば竜崎のペニスの先端が、僕の窄んだアナルへと宛がわれた。


「では月くん、貴方が無事、孕むことを願っています」


 瞬間、竜崎のペニスが僕の肉体を壊すように、突き立てられた。


「――――――ッ、ッぁ、ああ゛ぁ、ああ゛あ゛あ゛!」


 縁に触れられただけで達してしまった肉体が、容赦なく侵入してくる感覚に耐えられるわけがなかった。
 竜崎のものが入ってからというもの、絶頂の感覚が途絶えない。心臓が止まってしまうのではないかという痙攣が続き、呼吸が浅いものしか出来ず、苦しい。けれど、どれだけ気を落ち着かせようとしても、肉体は脳に絶頂の快感のみを伝えるばかりで、正常な判断などさせてはくれなかった。


「ひぃっ、あ、んっ! あ、あが、ああ゛あ゛、ひぎ、あんんぐっ、はぁっ!」
「麻薬でもやっているような喘ぎ方ですね。目の焦点が合っていませんよ、月くん」


 竜崎が何かを僕に言うが、音は聞こえているはずなのに、その内容が理解できない。
 しばらく竜崎は僕の頬を叩いたりと会話を試みていたが、僕が一切反応できないことに諦めたのだろう。それならばと、竜崎は僕の両足を掴みながら腰を動かしはじめた。


「ひぎぃ、ッ、あ! やめ、まだ! はっ、ひぃ、い、ああぁ! いやだ、りゅ、ざ、ぎ、ぃい、あ゛! あぁ!」


 慣らしもしていない挿入は通常であれば痛みを感じたり出血を伴うのだろうが、オメガの肉体というのはアルファを受け入れるために出来ていた。直腸から溢れた分泌液が竜崎の挿入を手伝い、同時にぐちゅぐちゅと水音を響かせて性的興奮を煽る。


「……ここまでくると、拷問より酷く思えてきますね」


 竜崎がそう口にした通り、あいつが自分が早く射精するために腰を振る乱暴な動きであっても、オメガの肉体となった僕は敏感に快楽を拾ってしまっていた。否、むしろ、竜崎から与えられる感覚の全てが、肉壁をペニスによって擦られ抉られる感覚も、太腿を爪が食い込むほど強く握られる痛みも、こちらを見下ろしてくる竜崎の吐息も、全てが快楽に変換されてしまう。
 挿入が繰り返される間、ずっと絶頂を感じ続けるなど、傍から聞けば天国のように思えるかもしれないが、こんなものはもはや地獄だ。拷問だ。
 早く終わってほしいと願って、けれど同時に、この行為が終わるということはつまり、僕が竜崎との子供を孕むのと同意義だった。
 僕が、孕む?竜崎との?子供をこの身体で?


「いや、だッ――嫌だ、やめろ、もう! ひぎぃッ! あ、ああ゛あぁッ! いや、やめて、く――あ、ああ゛ぁが、あ!」


 孕みたくない。妊娠などしたくない。この肉体に子供など宿したくない。
 竜崎の精液を注がれ、着床し、望んでもいない赤ん坊を育てるための肉袋になるなど、こんな屈辱に耐えられるわけがない。
 しかし、オメガの肉体とは孕まされるための肉体だと竜崎が語ったように、孕みたくないと子供が出来るのを想像した途端、アルファから子種を搾り取るようにアナルが締まった。
 肉体の本能が、アルファの精液を欲している。と、意識したとおり、竜崎は顔を顰めると小さく吐息を吐き出し、僕の上へと覆いかぶさった。


「夜神、月……っ」


 低い、恨みのような欲情のような色を伴った声色で、己の名前を呼ばれた。
 そうして一番深いところに強く打ち付けられた瞬間、本来何も感じるはずのない身体の奥に、熱くほとばしる竜崎の精液を感じた。


「――――ッ! あ、があ゛あ゛、ああぁ! ああ!」


 中に出された精液は、まるでそれが特上の媚薬のように僕の肉体へと染みわたり、今までの絶頂など遊びにすぎなかったのだと知らしめる快楽を脳へ伝えた。
 ああ、これは、壊れる。壊される。壊されてしまった。
 脳をショートさせる勢いでやってきた、閃光のような快楽に、僕はそう自分が破壊される感覚に身悶えながら、命が途切れるように意識を手放した。

 昔から、好きなものを他人と分け合うことなど、した試しがなかった。
 思えばハウスに居た頃から、己の好奇心を満たすパズルやゲームを誰かと一緒に解いたことなどない。いや、そもそもの話で言えば、私に同年代の子供たちと一緒に遊んだ経験などなかったのだが。


「エル、たまには他の子達と一緒に遊んでみてはどうかな」


 その昔、ワイミー、後にワタリとして私を手伝ってくれるようになる彼に、心配そうな声色でそう言われたことがある。
 それはまだ、私がワイミーズハウスに迎えられてから一週間も経たない頃の事で、あの頃はまだワタリも私の『特性』についてよく理解していなかった。
 普通の子供が一人遊びばかりしているのでは社交性が身につかないと心配する大人の気持ちというのは、私自身には理解ができないが、しかし子どもの社会性発達の上で重大な要素であることは知っている。だからこそ、ワタリは心配そうに私にそう声をかけてきたのだろう。
 しかし、私はその声に一切視線を向けず、目の前にある裏返しのジグソーパズルを解きながら口を開いた。


「嫌です、ワイミーさん。他の子供たちと遊ぶのは退屈です」
「それは、どうしてかな」
「だって、皆パズルをする時、表面の絵柄を頼りに完成させようとするんです。そんな簡単で退屈なことできません」


  ただでさえこの3000ピースのパズルにも飽きてきたというのに、と私は最後のピースをはめながら唇を尖らせる。 私にとってはいつもの光景であったが、出来上がった真っ白なジグソーパズルを見て、ワタリはとても驚いたように私の顔を凝視した。


「ワイミーさん、もっと難しいパズルやゲームがしたいよ」


 もっともっと、簡単すぎて飽きることのない、難しくて楽しい玩具が、たくさん。
 そうして買ってもらった新しい玩具も、私はハウスに届くや否やすぐにその包み紙をビリビリに破いて、誰にも触らせることなく一番最初に遊んだものだった。 気に入ったものがあればそれを自分の自室に持って帰って、一晩中、寝ることも忘れて遊んでいた。
  そんな自分の性質は、とうに成人を迎えた今となっても、何一つ変わっていない。
 

 



 意識を失った彼をベッドに押さえつけながら、私はしばらくの間、呆然と彼の顔を凝視していた。
 共に捜査本部でキラ事件の捜査を行なっていた時、何度も彼の寝顔を見る機会はあった。しかし、今はかつてのそれとは異なり、散々騒いで抵抗していたせいもあってか、穏やかな寝顔とはとても言えない。至極当然のその様子に、今更いったいなんの興味を引かれているのかは己でも理解できなかったが、しかしどうしても私は彼の姿から目が離せなかった。


『L、どうかされましたか』


 室内のスピーカーから聞こえたワタリの声に、私はようやく自分が随分と長い時間、夜神月の顔をのぞき込んでいたことに気付く。私はワタリが見ているであろうカメラに視線を向けることなく、なんでもないと首をふった。


「第一回目の性行が終わった。オメガの妊娠が簡易検査で分かるのは二週間後からだが、早めに用意をしておいてくれ」


 とはいっても、アルファからオメガに転換させた場合の着床率はオメガのものと比較して著しく低いことから、この一回で受精しているとは限らない。夜神月がこの一回さえ耐えれば性行為から解放されると信じていれば哀れな話だが、彼には今後も妊娠が確認できるまでは定期的にこの性行為に耐えてもらうことになるだろう。


『分かりました。ところで……彼の司法取引にはいくつもの案があった中、どうしてこの方法を選ばれたのですか?』


 何気なくといった様子で問いかけられた、けれど私の心の確信をつく言葉に、思わず親指の爪を噛む力が強くなった。
 ワタリの言うように、キラである夜神月にはいくつかの選択肢があった。秘密裏による極刑は多くの国が望んだことだったが、しかし私と同等に対峙した類まれなる知能から、私の監視下の元、各国の未解決事件を解かせてはどうかという意見も多かった。
 キラを生かすという選択肢を取るのであれば、彼の使い道はそれが最善だということは議論の余地はない。そう、私は理解しているつもりだった。しかし、私は今、キラである彼に選ばせたのは、優秀な遺伝子を残すために彼の第二性別をアルファからオメガに変え孕ませるという、人道的にも合理的にも最適とは言えない方法だった。


『無論、貴方のことですから、何か理由があるのでしょうが』
「……ああ、そうだな」


 こういう時、己のLとしての経歴が私の非合理的な選択肢に一種の信頼性を持たせてくれることは、とても都合が良かった。無論、夜神月がこのような措置の元にあるというのは、私とワタリを含め僅かな人数しか知らないが、しかし、私の選択肢に強い疑問を提示してきたものは居なかった。
 とはいえ、私が最も信頼を置き、腹心であり親代わりとさえ言うことの出来るワタリだけには、私の私自身でさえ理解できない心の内を伝えておくべきだろうか。と、紅茶に角砂糖をひとつひとつ落としながら口を開いた。


「月くんに私の仕事を手伝わせるのは、私の生き甲斐がつまらなくなってしまうのでやりたくありませんでした」
『そうですか? 彼ほど貴方の推理に貢献できる人間もそう居ないと私は思いましたが』
「だからです。彼は、ヨツバの時のように、私より早く真相にたどり着くことがありました」


 レムという死神が語ったとおり、あの頃の彼はキラとしての記憶を無くしていたのであれば、黒幕として答えを知っていたから導き出した推理ではない。彼は私よりも先にゲームを解いてしまう。共に協力して捜査を行えば、今までより早く事件を解決することが出来るだろう。しかし、だからこそ、難易度の下がったゲームというものはつまらない。
 元から、私の『L』という探偵家業はただの趣味でしかない。卑劣な犯罪者への憎悪を持っているわけでも、世界を公正に保ちたいという正義感があるわけでもない。倫理観といった観点で言えば、歪んでしまったとはいえ、少なくとも根本は正義感故の犯行であったキラの方が、よほど倫理的であると言えるだろう。
 だから、私は夜神月が私と共に捜査を行うのはどうかという案を聞いた時、率直に浮かんだ考えは『つまらない』という、あまりに利己的なものだった。


「私の生き甲斐がつまらなくなってしまうのが嫌だった。これはそんな身勝手な判断です」
『なるほど、そうでしたか。私はてっきり、貴方が昔のように玩具を独り占めしたいのだと思っていました』


 玩具の独り占めという、おおよそ成人男性に向けるべきではない言葉。
 だが、ワタリの口から出てきたその言葉に、私はかつてワイミーズハウスで過ごしてきた己のことを思い出す。
 昔から、好きなものを他人と分け合うことなど、した試しがなかった。甘いお菓子も、己を楽しませる玩具も、全て独り占めしていなければ気が済まなかった。


「ああ、だから今言ったとおり、私は事件を……」
『事件もそうですが、貴方はそれより、夜神月のことを独り占めにしたいのではありませんか?』


 ワタリの言葉が、私は何故かすぐに理解できなかった。
 比喩表現に富んで難解であったわけでも、専門用語を並べ立てられたわけでもない。否、そもそも私であればその程度で思考が鈍ることはない。
 けれど、私には直感的にワタリの言葉が確信に触れているように思えて、何かを乞うように呆然と監視カメラを見上げた。


「私が、月くんを独り占め、ですか……?」
『はい。貴方のような、自身の領域に他人を入れたがらない人が、わざわざ彼の監視を引き受けたのか疑問でした。初めは、貴方がかつて語っていたように彼が貴方にとって初めての友人だからという理由かと思いましたが、友人であるならばこのような屈辱的な行為より、贖罪のための極刑を進言するでしょう』


 ワタリが口にした言葉は、私が何度も考え、答えに至りながらも選ぶことの出来なかった選択肢そのものだった。
 Lという存在の秘匿性を保つためという理由もあるが、私はそもそも他者を己のテリトリーに招き入れることは滅多にない。それこそ、捜査のためでなければ人前に顔を晒すこともまずない。
 だというのに、己の目視によって月くんを監視できる位置に置いたのは、今までの私の行動からしてまったく合理的ではない。そもそも、彼の監視自体、私でなくとも済む話だ。彼が言葉巧みに他者を操る能力に秀でているというのならば、そもそも他者との接触を必要最低限になるよう監視体制を築けばいいだけの話だ。
 けれど、私はその方法を一切提言しなかった。それどころか、キラを監視できるのはLである己だけであるように伝えていた。
 そうしなければならないという強い考えが。否、私には夜神月を監禁して手元に置いておきたいという強い感情が、たしかにあった。
 己がどうして、そんな感情に突き動かされたのか、合理的な理由が分からなかった。


『エル、貴方は昔のまま、大切な玩具を誰にも渡したくない子です』


 けれどワタリが口にする理由が、答えの見えなかった私に、神の後光のような道標を与えてくれた。


「……ああ、そうだな」


 私は、彼のことを気に入っているのか。
 己の下で、苦しみと屈辱に目元を濡らし、気を失うように眠ってしまった彼のことが、とても。
 合理性など排除して、誰にも触れさせないように、己だけの手元に、ずっと。


『私は貴方の選ぶ道についていきます。ですが、ひとつ助言をさせてください。彼はたしかに殺人鬼で既に抹消された存在ですが、しかし意思ある人間です。物言わぬパズルピースとは違います。ですから、取り扱い方には、十分ご注意ください』
「分かっている、ワタリ」


 私がそう言えば、ワタリはもう何も言わなかった。ワタリから私に話しかけて、疑問という体で聞いてきたのはこの忠告をするためだったのだろう。やはり、彼は私の右腕であるのと同時に、私の保護者として優秀らしい。
 きっと、親に玩具の扱い方を怒られた子供というのは、こんな気持ちなのだろうなと己の感情を傍観しながら、私は震える指先で月くんの頬に触れる。


「夜神月……」


 涙と唾液に塗れた姿は、眉目秀麗な彼の容姿をもってしても、綺麗なものとはいえない。


「夜神、月くん……」


 けれど、私はそんな姿の彼を愛しい宝物のように、何度も触れては撫で、感覚をたしかめる。


「貴方を手放せなくて、すみません」


 言葉では謝罪を述べながらも、私の心の内にしは申し訳なさなど微塵も湧いてはいない。
 湧き上がるのは、今までに感じたことのない充足感。満たされたという、どこまでも心地よい安心感だった。
 そんな感情に突き動かされるまま、私はそっと彼の額に己の頬を寄せた。


「私、玩具は飽きるまで、独り占めにする性質なので」


 だからどうか諦めてくださいと、いつか飽きるその日まで、腕の中の玩具を大切にしようと私は心の中に決めた。


 

bottom of page