「ともだち」
リュウザキは、ぼくの大切な友だちです。
でも、リュウザキは人間じゃありません。
リュウザキは、おおきくて、ふわふわで、ギョロっとした目がかわいい。
ぼくの大切な、クマのぬいぐるみです。
だきしめると、とってもあったかい、リュウザキは、いつもぼくをエルというイジメっ子から守ってくれます。
エルというのは、とってもイジワルな、ひどいヤツです。
毎日、毎日、ぼくのベッドに来ては、苦しいことをいっぱいします。
ぼくは、エルがする、苦しくて、体が熱くなることが大嫌いです。
ドロドロとした、苦いものを飲まされることもあります。
だから、エルに何度もいやだ、やめてと言いますが、エルはぜったいに止めてくれません。
それどころか、ぼくが泣くと、エルはとっても喜んで、もっとぼくのことをイジメてきます。
そんな時、リュウザキはぼくを助けてくれます。
リュウザキのやわらかい体をぎゅっとだきしめると、少しだけ、エルがすることを忘れられます。
どんなに苦しくても、リュウザキのお腹に顔をうずめているだけで、エルのことを気にしないでいられます。
エルが居ない時、リュウザキとお話をすれば、いつも「私がついてますよ、ライトくん」と、ぼくをはげましてくれます。
だから、イジメっ子のエルがいつも側にいるこの世界で、リュウザキだけが、ぼくの味方です。
でも、そんなリュウザキのことが、エルは大嫌いです。
エルがぼくをいじめる時、ぼくがリュウザキに助けてもらおうとだきついて「りゅうざき」と泣きながら名前を呼ぶと、エルは不機嫌になります。
どんなにぼくをいじめるのが楽しそうな時でも、ぼくがリュウザキをぎゅっとするだけで、エルの顔は見る見る内に怖くなって、最後にはリュウザキをベッドの外に放り投げてしまいます。
ぼくが床に落ちたリュウザキを取りに行こうとしても、エルは絶対にゆるしてくれません。
だからは、ぼくはエルのことが嫌いです。
リュウザキをぼくから取っちゃうエルが、大嫌いです。
そしてきっと、ぼくに、こんなにひどいことをするエルも、ぼくのことが大嫌いなんだと思います。
ベッドの上で足を開かせ、ぐずぐずと嬌声なのか悲鳴なのかも分からない声を上げる夜神月は、実に魅力的な姿をしている。
そんな青年に何度も腰を打ち付けながら覆いかぶされば、耳元で苦しそうな夜神月の声が聞こえた。
まったくもって、私の支配欲を満たす声色だと、欲望のままに夜神月の首元に顔を寄せれば、何やら柔らかなものに顔を押し返される。
私の行動を阻害したその不愉快なものに視線を向ければ、そこに在ったのはここ最近、夜神月が『竜崎』という懐かしい名前で呼ぶ、一体のクマのぬいぐるみだった。
「竜崎、助けて……たす、けて」
夜神月はそのぬいぐるみに抱き着きながら、まるで幼い子供のように救済を求め縋りつく。
己の力で立ち向かうことの出来ないか弱い子供が、必死に、解決にもならない方法で助けを求める、なんとも惨めで憐れな姿。
それは、かつての高慢でプライドの高い夜神月であれば、絶対に見せることの無かった姿だろう。
だが、この長期間に渡る監禁と陵辱の末、ついにキラの精神も壊れてきたのか。
最近はこのように無様な醜態を晒すことを厭わない、つまりは幼児退行を見せる時間が増えた。
特に、私が彼の体を好き勝手に弄ぶ時間は、ほとんど彼の精神は幼い頃に戻っている。
そうやって堅実逃避でもしないと、彼は私が与える苦痛と快楽から逃げることが出来なくなってしまったらしい。
あまりにも憐れな姿に変わり果ててしまった、かつてのキラ。
そんな夜神月のことを愛おしいなと、彼の悲惨さに相反した微笑みを向ける。
だが、同時に私を阻んでおきながらぬいぐるみの『竜崎』とやらには助けを求める姿が気に喰わない。
「月くん、首、噛ませてください」
彼が抱きしめ顔を埋めるぬいぐるみを引きはがしながら、未だに治りきらない噛み痕を残す、赤黒く染まった首筋に舌先を伸ばす。
だが、いくら幼児退行しているからといって、夜神月の肉体的な力までも子供に戻っているわけでもない。
むしろ加減を知らない彼は、ぬいぐるみの生地が破れてしまいそうなほどの強い力で、私の腕から懸命にぬいぐるみを奪い返そうとする。
「やだ、竜崎、つれてかないで、やだ……っ!」
このままではぬいぐるみを破壊してしまうという所で、私は諦めて彼が心底大切にしている『竜崎』とやらから手を離してやる。
そうすれば、夜神月は今度こそ奪われないようにと、強くぬいぐるみを抱きしめて、何度も『竜崎』と名前を呼んだ。
精液や汗でドロドロになったぬいぐるみなど、到底触り心地の良いものでもないだろうに。
それでも、そのぬいぐるみが手に戻ってきただけで見せた、夜神月の安堵したような表情に、苛立ちが募る。
「夜神月」
こっちを見ろ。と、己の中の衝動をぶつけるように、再び夜神月の中に、自分の欲望を強く穿つ。
そうすれば、ぬいぐるみの胸の中で、夜神月が再び苦しそうに呻き声を上げて、目を見開いた。
「ひぃ――っ、い゛、あぁ……ッ、ああ゛!」
悲痛な叫びを見せる夜神月に、その感覚を与えているのは己なのだと再認識して、己を慰める。
夜神月がぬいぐるみに縋るようになってから、このような苦悶の表情を見せるような行為ばかり続くようになってしまった。が、全ては空想の世界に逃げて、私を見なくなった夜神月が悪い。
もしも夜神月が以前のように私を真直ぐに見るようになれば、もっと甘い嬌声を上げるような行為に変えてやるというのに。
とはいえ、どちらの行為であっても、夜神月にとって苦しさは変わらぬのだろうが。
「……りゅうざき」
夜神月が、またその名前を呼ぶ。
それはたしかに、かつて私が夜神月に名乗っていた名前だが、どうにも私自身のことを呼ばれているように思えない。
それが気に喰わなくて、一度は夜神月から『竜崎』を取り上げたこともあった。
ただ奪い取るだけでは返せと喚くだけなので、大きく引き裂いて、中の綿を引きずり出して壊して見せた。
ここまで徹底して見せつけてやれば、もう『竜崎』に縋りつくこともないだろうと。
だが、私の予想とは相反して、夜神月はバラバラになった『竜崎』の姿に一瞬驚いたかと思うと、それからしばらく目を見開いたままなんの反応も示さなくなってしまった。
最初はただ放心しているだけだろうと考えていたが、行為の最中も、行為が終わってからも、夜神月はただ呆然と虚空を見つめるだけで、私のすることに一切の反応を示さなくなった。
それほど、幼児退行した夜神月にとって『竜崎』は心の支えだったのだろう。
キラの記憶を無くした頃、かつてともにキラを追っていた頃の私との記憶が、ここまで彼の心の拠り所になっているのは想定外だった。
なにせ、夜神月が――キラが『竜崎』であり『L』である私を殺そうとした張本人なのだから。
それなのに、かつての私の名前を名付けたぬいぐるみを破壊されただけで、ここまで心を壊すとは馬鹿らしい。
しかし、ほとんどの反応を見せなくなった夜神月の姿に根気負けしたのは、結局のところ私の方であった。
いくら犯しても虚ろなままの夜神月では面白くない。と、私はワタリにもう一度『竜崎』と同じぬいぐるみを用意させ、夜神月に渡した。
その途端、夜神月はまるで親友が蘇ったとでもいうような表情で、涙を流しながら『竜崎』を抱きしめ、何度もおかえりと言葉を繰り返した。
そうやって、以前の破壊したぬいぐるみとの区別も付かない、ただの大量生産品にすぎないぬいぐるみを抱きしめる夜神月に、苛立ちばかりが募る。
そんな嫉妬にも似た感情を吐き出すように、夜神月の中に何度目かの射精をすれば、どうやら夜神月も達したらしい。
ガタガタと足腰を震わせながら、力なく潮を噴きシーツとぬいぐるみを汚した。
「あ、う……う、うぅ……」
すっかり汚れたぬいぐるみを抱きしめながら絶頂の余韻に苦しむ、夜神月の憐れな姿。
その姿を見ていると、散々精液を放ったというのに未だに満たされない何かを感じて、親指を血が出るまで噛み締める。
夜神月をここまで犯しているのは私だというのに、肝心の夜神月の心はここに無い。
何時まで経っても、彼の心はただの量産品のぬいぐるみに奪われたままだ。
自分でも馬鹿らしいとは思うが、夜神月にぬいぐるみを与える前まで時を戻して、最初から渡さなければ良かったなんて仮定を想像してしまう。
そんなことばかり考えていたせいだろうか。
ふと、ぬいぐるみのプラスチックで出来た無機質な目に見つめられたような気がした。
「……なんなんだ」
私が問いかけたところで、当然、ただの布と綿で出来ただけの物体は話すことはない。
だが、嫉妬が私の気をおかしくさせるのか。
夜神月に『竜崎』と甘い声で呼ばれるぬいぐるみに、嘲笑われたような気がした。
『自分の行いの結果だというのに、随分と惨めな表情をしますね』
私の声を模倣して笑う幻聴に、再びお前をただの布切れと綿だけに分解して捨ててやろうかと、憎悪と怒りが湧き上がってくる。
けれど、結局、気を失ってもぬいぐるみを手放さない夜神月によって、私の報復は果たされることはない。
「……必ず、夜神月をこちらに引き戻します」
あのキラであった青年が幼児退行を引き起こすほど、私との現実が辛いものだったとしても。
いつまでもお前に『竜崎』の名前と立場を奪われたままでいると思うなよと、私は再び夜神月の奥を穿った。