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「​From L to L」
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『From L to L』

 

 誰が実行犯であるのかを推理するのは、実に簡単なことだった。
 この五年間、ずっとキラを追ってきた私は、一番最初にアメリカの大統領に送らせた資料の全てを記憶していたし、仮に今初めて資料を見たとしても、ほんの数時間で目星を付けることが出来ただろう。
 だから、私はその実行犯である男が在宅している時間を調べて、男が家に戻ってくる少し前に、家の中へと侵入した。
 そして、ソファの上で男の帰りを待ちながら、一人持ってきたチョコレートを口に運んでは、呆然と空を見上げていた。

 

「初めまして、私はLです」

 

 やがて、自分の家に何者かが侵入していることに気付き、拳銃を構えながらこちらの姿を確認してきた男に、私はそう己が何者であるかを告げた。
 すると、男はすぐに全てを察したのだろう。不審者相手だというのに拳銃を下ろすと、とても驚いたようにその言葉を口にした。

 

「やはり……夜神月は天才だった」

 

 その男、CIAであり、キラの尋問を担当したステファン・ジェバンニ――それは最近の事件で使用した偽名だったか。
 本名、ステファン・ラウドは、既にこの世に居ない夜神月のことを褒め称えた。

 

 

 


「夜神月が死んでいると考えた場合、誰かが代わりに手紙を出す必要があります。その交渉をしやすいのは、当然ですが尋問を担当しているCIA捜査員。おそらく、デスノートについてLにもまだ話していない事があるからとでも言われて、取引に応じたんでしょう」

 

 正式に来訪者としてもてなされた私は、ステファンが入れたコーヒーに、音を立てながら角砂糖を一個、また一個と投げ入れながら、自分の推理を口にした。
 一方、ステファンはその通りだと頷きながら、金庫に厳重に保管していた封筒を私の目の前に差し出した。

 

「キラは……夜神月は、いつでも自分はキラとしての記憶を永遠に失うことが出来る。拷問は無駄だと、デスノートの所有権のことを説明してきた。貴方が作成したキラ事件の報告書からも、デスノートの所有権を放棄した場合、間違いなくノートの記憶が全て消えると判断した私達は、結局、彼に尋問らしい尋問が出来なかった」
「デスノートの所有権というのは、具体的にどのようなものなんですか」
「デスノートが人間界に落ちた時、最初に手にした者に与えられるものらしい。その所有権がある者しか、死神の目を取引できない。そして、デスノートを捨てると明確に意思を表明することで、所有権を失うことが出来る。しかし、所有権を失った場合、デスノートについての記憶は全て失われる。だが、再びデスノートに触れると、触れている間は記憶を取り戻す事が出来るらしい」

 

 なるほどそういう事かと、私は夜神月と弥海砂を監禁している間、突然中身が入れ替わったように態度を急変させた日のことを思い返す。
 あれは、デスノートの所有権を放棄して、キラとしての記憶を失ったが故の変化だったらしい。

 

「ちなみに、デスノートの所有権を持つ人間が死んだ場合はどうなりますか?」
「所有権を持っていた人間が死亡した瞬間に、そのデスノートを持っていた人間に移るらしい」

 

 だからあの時、私の目の前で堂々と火口を殺したわけか。否、自分が自然にノートに触れている、あのタイミングでなければならなかったのだろう。
 そうして、夜神月はノートの所有権を取り戻し、キラとしての記憶を取り戻した。
 ある程度の推理は出来ていたが、私の行った尋問でも色々なことを黙秘していたらしい。生易しい方法を選んだつもりはなかったが、さすがの精神力だと、今更ながらキラの強靭さに苦笑を零した。
 そして、私はもう一つ、確認の意味を含めて、ステファンに問いかける。

 

「デスノートそのものを焼却するなど、使えない状態にした場合。所有権を持つ人間の記憶はどうなりますか」
「あぁ……、その場合、所有権を失った時と同じ様に、記憶が無くなるそうだ」

 

 その答えを確認した途端、今まで自分が幻影を追ってきたことを突きつけられて、私は不貞腐れたようにチョコレートを一口齧った。
 つまり、私に自分の死後、デスノートを処分するように告げていた時点で、夜神月にはキラとして生き残る意思など無かった。
 仮に処刑されたふりをしたところで、私がデスノートを燃やした時点で、夜神月からキラの記憶は失われる。
 故に、仮に今日まで夜神月が生きていたとしても、そもそもキラとしての記憶がない夜神月は私とのゲームなど、望まない。
 捜査本部でキラを追っていたあの真面目で誠実な好青年が、私を負かせるために、世界中で犯罪を片棒を担ぐなど、ありえない。
 もしも夜神月が今も生きていれば、きっと自分の罪を贖うために、その頭脳を使うことを望んだだろう。
 だから私が五年間、この事件にはキラが関わっていると考え、暴いてきた犯罪の数々。
 それらは全て、私がその裏側にキラが居るはずだと、勝手にキラの幻影を見ていたに過ぎなかった。
 その事実に、私は自分の目がいかに曇っていたのかを痛感した。

 

「……夜神月は、随分と色々なことを私に隠していましたね。それで、Lも知らないことを自白する代わりに夜神月が要求したのが、この茶番劇ですか」

 

 私はそう、ステファンが持ってきた封筒に手を伸ばし、中身を確認する。
 中にあったのは、おそらく夜神月が記入したであろう数字の羅列が書かれた、何枚かのノートの切れ端だった。
 その手書きの数字を丹念に確認しながら、よくここまで精密に彼の筆跡を模倣した手紙を作ったものだと、ステファンの贋作技術に関心する。

 

「毎年、決まった時期に、私宛てに手紙を出すこと。一番最初は捜査本部のビル宛てに、二回目以降は夜神月の実家宛てに。そして差し出し元は、その時、Lが事件の調査を行っていると思わしき地名の近く。その現地で手に入れた白色の便箋を使用して、このメモの筆跡を真似て手紙を作成して、直近に販売された記念切手で送るように。といったところですか?」
「あ……ああ、そうだ。まったくその通りの指示をされた」

 

 よく分かったなと、あからさまに驚いている顔に一瞬だけ視線を向けるが、私はすぐに飽きたように視線を落した。
 そんなことをせずとも、私は受け取った手紙の製造元など調べなかったし、私が調査を行っていない地域から手紙が届いていたとしても、今回は随分と遠くに逃げたのだと考えていただろう。二年目に、香港で捜査をしていた時に届いた手紙が北京から送られてこようが、ロンドンだろうか、もっと別の土地だろうが、きっと何も疑わなかった。
「よく、CIAがキラ相手とはいえ、こんなふざけた茶番に付き合いましたね」
「……私達は、キラが情報と引き換えに死刑ではなく終身刑を望むのではないかと考えていた。だが、キラはそれを望まなかった」

「えぇ、キラはどうやら、死刑にならなくとも死神に殺されていたようなので、最初から終身刑は視野に入れていなかったんでしょう」

 

 その話も私を騙すための嘘だと思っていたが、彼はおそらく、本当の事を言っていたのだろう。
 まるでいつの日か、私が本当の誕生日を告げてたのに、信じてもらえなかった時のようだと、なんでもない日のことを思い返す。

 

「手紙は、断る理由が無かった。この程度のことでデスノートについて口を割るというなら、いくらでも。それに、一通目の手紙を送ってから、明らかに貴方の事件解決のペースが早くなった。ならば世界のためにも、この手紙は送り続けたほうがいいと」
「なるほど、私は知らず知らずの内に、随分と夜神月にこき使われていたようですね」
「しかし……そこまで分かっていて、どうして今日まで私を尋ねてこなかったんですか」

 

 ああ、やはり、そこを質問されるのかと、私は自分の愚かさを突きつけられているような気持ちで、その問いかけをしてきたステファンに向けて顔を上げた。
 その時の私は、よほど酷い顔をしていたのだろう。聞いてはならぬことを聞いてしまったと、分かりやすく顔に動揺を浮かべた男に、私はため息を吐きながら、つい最近自分の元に届いた夜神月からの最後の手紙を取り出す。

 

 

『From L to L』
『これが最後だ。お前の中で、僕は生きている。さぁ、僕を殺してみろ。』

 

 

 夜神月が、私に送った、最後の言葉。

 

「今回の手紙を復号したところ、これが最後の手紙である旨が含まれていました」

 

 その手紙によって、私は今までの手紙で彼が本当に伝えようとした意味に気付いた。

 

 

『僕のゲームは楽しいか?』
 そうだ、これは夜神月による「キラが生きている」ように見せかけた、お前の仕組んだゲームだった。

『時間をかけるほど、僕を殺せなくなるぞ』
 そうだ、私は長い時間をかけて、固執して、追い続けて、お前の存在を心から消せなかった。

 

 

『自分の目で確認すれば良かったな。まだ、僕を殺せないのか?』
 そうだ、私は自分の目で確認さえしていれば、すぐにお前が既に死んでいると気づけた。

 

 

 ずっと、夜神月は伝えていたのだ。
 自分はもう死んでいて、お前が追っているのは自分の幻影であると。
 そして最後の手紙で気づいた。キラが生きているのか、死んでいるのか。
 否、キラを生かしていたのは、誰なのか。

 

「私も……いい加減、自分が嘘つきであったと認めることにしたんです」
「嘘つき、ですか」
「はい、私は人間のふりをした、心が無い亡霊ではない。私も他の人間と同じ……矮小で、感情的で、見たくない事実から目を塞いで、都合のいい事しか見ようとしない、ただの愚かな人間であると、認めることにしました」

 

 そんな、子供が大人になる過程で迎えるような事を私は、五年間もの間、認めてこなかった。
 自分には心がないと思った方が、友情などというものは理解できないと振る舞った方が、楽だった。
 夜神月が私にどれほど影響を与えてきたのか、知らないふりをしたかった。
 けれど、夜神月からはもう、二度と手紙は届かない。
 だから私は選ばなくてはならなかった。
 このまま、永遠にキラの幻影を追うか、自分が見ていたのが幻影だと認める――自分の中の、夜神月を殺すか。
 そして私は、長い葛藤の末、後者を選んだ。

 

「私は、月くんの死に立ち会わなければ、彼がまだ世界のどこかで生きているかもしれないと、馬鹿げた希望を抱けると思っていたんです」

 

 もしも、彼の死に立ち合ったら、世界が天才だと称賛する私の頭脳は理解してしまう。
 あのキラが、あの夜神月が、間違いなく死んでしまったのだと。
 私が命をかけて追い、唯一自分と対等だと認め、そして初めて友情なんてものを感じてしまった。
 この世界でただ一人、誰にも代えがたい存在が失われてしまったと、受け入れたくなかった。

 

「私は、キラを捕らえたくせに、キラを殺したくなかった」

 

 私は、彼に生きていてほしかった。
 だが、Lとして、何より世界の秩序として、私は夜神月に生きていてほしいなど望むことは出来ない存在だった。
 おそらく、私にそんな願望があると知れば、夜神月の方からふざけるなと、私へ怒りをぶつけただろう。
 キラとLは、本気で、互いに殺し合っていたはずだ。
 それなのに、今更相手に生きていてほしいなど、何を考えているのか。
 僕は、お前を殺すつもりで動いていたのに、お前は本気ではなかったのか、と。散々に私に罵声を浴びせて、失望していたに違いない。
 だから、私の本心は、自分自身にも隠す必要があった。

 私は、夜神月に興味など抱いていない。
 私は、夜神月の行く末など気にしていない。
 私は、夜神月が処刑される様を見る必要はない。

 そうやって、己を騙して、嘘をついて、感情などないふりをして、目を背けていた。
 だが、もう、私の心は彼からの手紙で暴かれてしまった。

 

「私は、月くんの事が、好きでした」

 

 ようやく認めた自分の本心に、私はキラをついに裏切ってしまったのだと知る。
 私のこの感情が恋愛からくるものなのか、友情からくるものなのか、未熟な心を抱えた私には判断がつかないし、今後もつけるつもりはない。
 だが事実として、私は自分に『夜神月はただの犯罪者の一人であり、特別な思い入れなど何も抱いていない』と嘘を付かなければ、彼の死に耐えられないほど、彼の事が好きだった。
 彼が生きているかもしれない可能性が目の前に現れた瞬間、盲目的に『夜神月は死んでいる』という事実から目を反らして、都合のいい事実を繋ぎ合わせて、ありもしない虚像を追いかけてしまうほど。
 私は彼の遺品である腕時計の中にあるデスノートに、夜神月の名前を書かなかったのではない。書けなかったのだ。デスノートに名前を書いた瞬間、間違いなく、彼の死が確定してしまうから。

 

「私も、ただの愚かな人間です」

 

 Lとして、世界の切り札として持て囃されてきた存在として、純粋に真実を追っていると思っていたLなど、実際はこんなものだ。
 こんなにも簡単に感情によって推理が曇る、あまりにも無様な存在だ。

 

「本当に、彼は最期まで、油断ならない相手でした」

 

 死んでも尚、私の愚かさを暴いていった彼の存在に、苦笑とも自嘲とも言えぬ笑いを零す。
 さすがは、負けず嫌いの典型だと、死後でも私に勝ちにきた彼に敗北を感じていた時だった。
 ステファンは無言で立ち上がると、金庫の中から二つの封筒を取り出した。

 

「夜神月から、貴方が来た際に渡すように預かっていた手紙です」

 

 そう言って目の前に置かれたのは、おそらく紙の劣化から見て、本当に五年前に彼の手で書かれたのだろう、二通の手紙だった。

 

「こちらは、貴方へ最初の手紙を出した時に、すぐに貴方が来るようだったら渡すように言われていたものです。そしてこちらは、貴方へ最後の手紙を送った後に、貴方が来た際に渡すように言われていた手紙です」
「つまり、夜神月の意思を尊重するなら、私はこちらの手紙しか受け取れませんね」

 

 私がそう、ステファンが見せてきた『最後の手紙を送った後に来た場合』に手を伸ばすと、彼はもう一方の『最初の手紙を送ってすぐに来た場合』の手紙も私へと渡してきた。

 

「そうですね、ですが……私はどちらの手紙も、貴方に渡すべきだと思います」
「五年間この茶番に付き合い続けた貴方が、夜神月の意思を無視するんですか?」
「そのつもりは無かったんですが……今日の貴方を見ていると、あのLがこんな表情をするのかと驚いたもので。それに、人間とは常に、生きているものが強い。死人には何も出来ません。なので、これは両方とも、貴方にお渡しします」

 

 ステファンはそう告げると、そのまま自分が帰って来た時に羽織っていたジャケットをもう一度羽織り、私に背中を向けた。

 

「私はしばらく留守にします。この家は自由に使ってください」

 

 それでは、と。彼はそのまま玄関の方へと向かい、やがてドアを開ける音が響いた。
 リビングの窓から彼が本当に外出したのを確認してから、泣きじゃくる子供のように気を使われてしまったと、自分への羞恥心を抱く。
 だが、そんなものは今更かと、私は夜神月が私へ遺した手紙に視線を向けた。

 

「月くん……」

 

 彼の名前を呼びながら、その手紙に触れることを恐れている自分が居ることに気付く。
 この手紙には、いったい何が書かれているのだろうか、何も想像がつかない。
 しかし、この二通の手紙が、本当に夜神月が直接書いて遺した、私への遺品なのだ。
 だから、私はまずどちらの手紙から読むべきかを考え、そして震える手で、本来私が読むべきではない手紙を手に取った。

やぁ、L。久しぶりだな。
お前がステファン・ラウドに辿りつくまでどれくらいの時間がかかったかは知らないけど、多分手紙を受け取ってから一ヶ月も経っていないだろう。
もしかして、世界の切り札様のことだから、数時間もかからなかったか?
まぁ、別に、どれだけ早く辿りついていようが、これから僕が伝える事には関係ないんだけどな。
なんてたって、僕はもう既に死んで、目的を果たしているんだから。

 

お前に、どうしても伝えたいことがあるんだ、L。
実は、お前は僕を殺せてなんかいないんだよ。
無論、僕は死んだ。それは間違いない事実だ。
だけど、お前はキラを処刑台に送ることは出来なかった。

 

ああ、多分、お前この手紙を読みながら苛立っているんだろうな。
知ってるよ、お前のことならなんでも、僕には想像がつく。

 

さて、じゃあそろそろネタ晴らしといこうか。
実は、死神は二匹居てね。
一匹はミサを守れなかった僕を殺すと息巻いているレムってやつ。
もう一匹は、僕にデスノートを与えた、最初の死神、リュークってやつ。

 

このリュークって死神が、つい昨日、僕の所にもう一度来たんだ。
自分のノートの切れ端を僕に触れさせて……って、お前に説明しても無駄だな。
ともかく、リューク曰く、僕が死ぬ前に少し話がしたかったんだと。
笑える話だよな。お前は一度も来なかったけど、死神の方はわざわざ来てくれたんだ。
お前よりも死神の方が人情ってものがあるよ。
まぁ、お前はハロウィンに産まれたオバケみたいな奴だからな、無理もない。

 

それで、リュークと話している内に思いついたんだ。
たしかに僕はここで死ぬ。
終身刑にするよう交渉しようが、レムがきっと僕を許さない。
死刑を逃れた時点で、僕は死神に惨たらしい死因と共に、ノートに名前を書かれるんだろう。

 

だから、どうせ死ぬなら、せめてお前だけには、勝っておきたいと思った。
僕の人生の中で、一番憎らしくて、一番嫌いで、一番排除したかった、お前に。

 

だから僕はリュークと交渉した。
お前のデスノートに、僕の名前を書いてくれってね。
死神は人間の要望でデスノートに名前を書くことはまずないけど、でも僕が願ったのは自分の名前だ。


リュークは面白いことが好きだから、僕の提案にすぐに乗ってくれたよ。
まぁ、リンゴが食べたいってごねられたせいで、僕の最後の晩餐はリンゴになっちゃったけど。

 

だからね、L。
僕が死んだ時の映像も見ていると思うけど、あの時、僕は処刑されたんじゃない。
死の間際、僕はリュークに名前を書かれて死んだんだ。

 

僕の死因は心臓麻痺。
お前はキラを殺せなかったんだよ、L。

 

 

こんなの屁理屈だって?
まさか、僕の勝利だ。
僕はキラとして、キラの命を終わらせた。
お前が散々否定した、デスノートによる裁きと同じ方法でね。

 

 

どうだL、お前は僕を死刑台に送れなかった。
その前にキラの命は、キラが奪った。

 

どうだ、悔しいだろう。
残念だったな、お前は僕に勝てなかったんだよ。
キラとLの勝負は、キラが勝ち越したまま、二度と再開しない。
つまり、永遠にキラの勝利ってわけだ。

 

最期に、お前にどうしてもこの事実を伝えたかった。

お前に初めて敗北を与えてやったキラの事、一生忘れるなよ。
どうだ、最高の誕生日プレゼントだろう?
まぁ、ハロウィンがお前の誕生日なんて信じてないけどね。

 

あ、そうそう。
処刑台は上ったってお前に屁理屈を言われないように、絞首刑以外にしてくれと伝えてあるから。
お前に敗北以外の道はないよ、残念だったな。

 

 


それじゃ、さようなら。
天国でも地獄でもない場所で、お前の敗北を嘲笑ってるよ。

 

誕生日おめでとう、L。

 

 

 

 

From Liar to Loser
『嘘つきから、敗者へ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手紙を読み終えた瞬間、私は彼が生粋の負けず嫌いであることを改めて思い出し、思わず笑いを零した。


「あなたは……どこまで私に勝ちたいんですか」

 

 死神に殺されたから、自分はLに殺されたわけではないなんて、馬鹿げている。
 馬鹿げているけれど、きっと私は四年前にこの手紙を受け取っていたならば、私は悔しさで爪を噛んでいただろうし、二度とキラに勝利する機会がないことに苛立ち、一生キラのことを忘れなかっただろう。
 そんな自分の姿が、実に安易に想像できる。
 まったくもって、キラとはLのことをよく理解していると、思わず苦笑が零れた。

 

「本当に、貴方は幼稚で負けず嫌いだ」

 

 私と同じように。
 そして、ひとしきり彼からの言葉を噛み締めてから、私はもう一通の手紙に視線を向ける。
 こちらの手紙が、彼が本当に、今の私に渡したかった手紙だ。
 はたして、こちらの手紙にはいったい、どんな勝利宣言が書かれているのだろうか。
 すぐに『キラは生きている』というのが嘘だと気付けた場合の手紙に、あれほど私を煽る言葉が書いてあったのだから。
 きっと、最後の手紙まで気付くことの出来なかった私に向けられた手紙には、もっと酷い、罵詈雑言のような言葉が書かれているのだろう。

 

「いいですよ、月くん。貴方が遺した言葉ですから、全て受け止めます」

 

 どんな暴言が、罵倒が、失望が、そして悪意が綴られていようとも。
 それを受け止めるのが、敗者である私の役目だと、私はもう一通の手紙を開いた。
 

久しぶりだな、L。
お前がどういう経緯でこの手紙を読んでいるのか、正直言って分からない。
お前はさっさと僕が既に死んでいることに気付いて、もう一方の手紙を読んだ後、他の手紙があることに気付いて、こっちの手紙を読んでいるのかも。
あるいは、僕が生きているふりをしているのが馬鹿らしくて、最後の手紙を受け取るまで放置して、今ようやく重い腰を上げたか。
なんにせよ、お前が手紙を読む頃には既に死んでいる僕には確かめようがない。

だが、もしも。
もしも、お前が、本当に『夜神月は生きている』と五年間、最後の手紙まで信じていたなら。
そうしたら、この手紙を最後まで読んでほしい。

 

そうでないなら、この手紙は読まずに破棄してくれ。
読むかどうかはお前の自由だけど、正直、面白いものじゃない。
否、あのキラも、幼稚な感情に振り回されていたんだなって、笑えるかもな。
じゃあ、僕の負けでいいから。お前が勝ったて認めるから。
頼むから、読まないでくれ。どうか。

 


あの日、雨の中、屋上でお前に言われた言葉が、ずっと頭から離れない。
産まれてから一度でも本当のことを言ったことがあるのか。
こんな手紙だから書くことが出来るけど、そうだよ、L。
僕はきっと、産まれてから一度だって、本当のことを言ったことなんてない。
僕はずっと嘘つきだ。
ずっと、自分の本心なんて表に出すことなく生きてきた。
お前にあの日言った『人は誰しも嘘をつく』なんて、ただの聞こえのいい一般論だ。

 

僕はいつでも、優等生の夜神月だった。
他人が自分に何を望んでいるのかが、僕は手に取るように分かるし、その姿を演じるのが普通だと思っていた。
それに、僕はなんだって出来た。勉強も、スポーツも、交友関係も、なんでも。
自分に出来ないことはないんだと考えていたし、実際にそうだった。
だから、僕はなんでもした。周囲が、僕に望むことをなんでも、全て。
苦痛だと感じたことはない。
それどころか、父さんが望む息子であることを誇りにさえ考えていた。

 

でも、この生活は、人生は、とても退屈だった。
明確に自分の人生が退屈だと思ったのは、多分、中学二年生のテニスの全国大会だ。
一年生の頃は僕もまだテニスをはじめたばかりで、決勝戦で初めて負けた。
勉強も運動もなんでも出来た僕でも、勝てない相手が居るんだって知って、嬉しかった。
でも、二年生の頃に一方的なゲームでジュニアチャンピオンになって、気付いた。
僕の人生は、なんて退屈になるように出来ているんだろうって。

 

思春期特有の、思い上がった考えだと思うか?
そうだな、僕はずっと幼稚で、負けず嫌いで、だから今になっても本気で、自分の人生は退屈だったって思っているのかもしれない。

 

全てが、自分の思い通りに進む人生というのは、本当に退屈だった。
いつか僕は、この退屈で死ぬんだろうなと、本気で考えていた。
だけどこんな事、他人に言えばただの嫌味でしかない。
馬鹿みたいに子供っぽい悩み、僕は今まで誰にだって言ったことはない。
それなのに、今こうしてお前に伝えているのは、お前なら理解してくれると思ったからだ。

 

僕がデスノートを手に入れた時、僕はようやく退屈から解放された。
デスノートで犯罪者を裁くことが、僕に与えられた使命なんだと思った。
僕は新世界の神になるために産まれてきた、僕の正義を執行するために存在している、と。
それが、好奇心で二人も殺してしまった事実からの逃避なのか、自分の本心なのか、今となってはもう分からないけど。

 

だけど、改めて考えて思うんだ。
果たして僕は、本当にデスノートを拾ったことで、あの死んでしまいそうな退屈から抜け出せたのかって。
もしも、お前が、世界の切り札『L』なんて存在が居なくて、世界がすぐにキラに従った場合を考えた。
きっと、お前が居ない世界なら、全てが簡単に進んだと思う。
僕はすぐに新世界の神になれたし、キラの正義の思想もすぐに浸透していっただろう。

 

そうやってずっと、キラとして順調に裁きを行っていった未来を考えると、思うんだ。
きっと僕は、どこかの段階で、新世界の神としての生活にも退屈を覚えていたんだろうなって。

 

正しいことをしているはずなのに、分かり切った、決まりきったことをしている人生。
デスノートがあろうと無かろうと、関係ない。
やるべき事が違うだけで、結局僕の人生は今まで通り、退屈だった。
でも、今更退屈なんて認めることは出来なくて、ずっと死んだ心を隠して生きていたと思う。

 

だから、デスノートが、僕を退屈から解放してくれたんじゃない。

 

L、お前なんだ。
お前だけが、僕を死ぬような退屈から解放してくれた。
僕にとって、お前だけが特別で、唯一だった。

 

僕は、世界を正したかった。デスノートがあれば、正せると思った。
でも、同時にお前とのゲームが、全身が震えるほどに楽しかった。
お前を欺いて、お前の講じてきた策に対応して、それでもお前はその上を行って。
お前と繰り返す、知的な攻防戦がたまらなく癖になって、初めて生きていると思えた。

 

L、僕はお前のことを絶対に殺してやると思いながら、初めて全力を出して戦えることが、とても楽しかったんだ。
今まで、こんな感情、誰にも抱いたことがなかった。

 

こういうのも、友情っていうのかな。
それとも、別の何か。
否、別に、名前なんてつける必要はない。
ただ、僕にとってお前が唯一だったこと、それだけで十分だ。

 

だから、正直に言うと、お前が僕の元を訪れないのが、とても悔しい。
最後に別れる時、お前に死神についての話をしただろう。
あの話について聞かれた時、僕は隠そうかと思った。
この話を秘密にすれば、お前は僕の話を聞くために、ここに訪れるんじゃないかって。
でも、それじゃ駄目だ。
仮にお前が来たとしても、それは僕に会いに来たんじゃなくて、ただお前の中の謎を解決するために来ただけだから。
そう考えた瞬間、嫌だと思った。そんな理由で、お前に来てほしくない。
だから、正直に話した。この話をしてもお前は僕に会いにくるって、自信があった。
それなのに、お前は結局、僕の自信を打ち砕くように、一度も会いに来なかった。

 

毎日、今日こそはお前が僕の面会に来るだろうと期待して、来ない事に苛立っている。
明日こそは、その次の日こそは、ってお前を待ちながら過ぎていく時間が、苦しい。
ああ、そもそも、お前が来ることを期待している事そのものが苛立たしい。

 

来るはずだろう。キラにとってLが唯一のように、お前にとって僕が唯一なら。
僕が期待をするまでもなく、お前は僕に会いに来ているはずなんだ。
それなのに、お前は何時まで経っても現れない。

 

なぁ、L、どうしてお前はキラに会いに来ないんだ。
お前にとって、Lにとって、キラとはその程度の相手だったか?
キラ事件は、数多くある事件の内の、たった一つにしか過ぎなかったか?

 

そんなことないだろう。
キラもLも、この戦いに命をかけていたはずだ。
少しでも間違えれば、自分の命を奪われる。
そんな攻防戦をして、己の全てをかけていたと、僕は思っている。

 

だけど、お前にとっては、違ったのか?
それどころか、聞いた話じゃお前、僕の処刑にも立ち会わないって言ったらしいな。
なんだよ、それ。何考えてるんだよ。キラが、僕が処刑されるんだぞ。

ステファンからその話を聞いた時、本当に悔しくて、Lにとってのキラはそんなものなのかって。

 

父さんが僕を殺す演技をした時以来に、涙が出た。

今まで、本気で泣いたことなんて、覚えている限りこの二回だけだよ。

 

だから、今回の計画を考え付いた。
これから僕がする事、そしてお前が受け取った手紙は、あまりにも子供ぽい僕の報復だ。
僕の幼稚で、負けず嫌いで、友達に無視された子供が癇癪を起こすみたいな、本当に馬鹿らしい理由だ。

 

L、僕はお前に、キラが死ぬ姿をどうしても見せたかった。
僕が生きているという手紙を送れば、お前はきっと、僕が処刑される映像を捜査資料として見ることになるだろう。
何度も何度も、僕が死ぬ瞬間をお前は繰り返し見るだろう。
その映像に、何か怪しい部分はなにか、僕がどうやって死を逃れたのか、何度も。
僕が処刑される映像をお前に見せることに、なんの意味があるのかなんて、僕にだって上手く説明できない。

 

でも、そうすれば、お前は僕のことを忘れない。
何度も僕の死を見ることで、世界の切り札『L』は、ずっとキラの死を忘れない。

 

 

L、僕を見ろ。
僕のことを一生、忘れるな。
僕が一生、お前のことを忘れられなかったみたいに。

 

 

そして、たのむから、僕に期待させてくれ。
僕がこれからお前に送る手紙には、わざと穴を作ってある。
本来のお前なら、僕が本当は生きてないって、すぐに推理できるはずだ。

 

でも、もしもお前が僕の手紙を信じて、キラはまだ生きていると考えていたなら。
そうしたら、お前にとって僕も、特別だったって思ってもいいだろうか。
こんな分かりやすい事実さえ見落とすほど、僕が生きてる可能性を探っていたって。
Lにとってもキラは唯一で、特別だったって、そう思ってもいいよな。

 

本当、お前が僕のこと、生きてるって信じてなかったら、馬鹿みたいな手紙だな。
だから最初に書いただろう。これは五年間、僕を追ったお前じゃなきゃ、つまらないって。

 

でも、僕はもう死んでいるから、もういいかと思った。
最後くらい、本当のことをお前に向けて書いても。
僕の死後に読まれるこの手紙だけが、僕の真実だ。

 


L、これからお前の誕生日に毎年送る手紙は、僕からお前へのお礼でもある。
お前は僕を五年間の退屈から解放してくれた。
だから、お前にも『キラが生きているかもしれない』という、五年分の楽しみを送るよ。

 

キラの痕跡を探して、キラの影を探して、キラのことを追って。
楽しかったか?楽しかっただろう。五年も信じてくれたお前なら、きっと。

 

 

最後に、L、誕生日おめでとう。
五年分の手紙が、お前への誕生日プレゼントだ。
お前の最初で、そして願わくば最後の友達として。
お前が楽しめることを祈っているよ。

 

 

 

 

 

From Last friend to L
『最後の友達から、Lへ』

 手紙を読み終えて、私はしばらく呆然と、彼が綴った文字を眺めた。
 その手紙に、私が最初に予想した悪意など、欠片もなかった。
 否、私を五年間も騙す計画を悪意と呼ぶならば、これは悪意にまみれた手紙だ。
 しかし、これは悪意などではない。これは、ただの。


「……夜神月」

 

 彼の名前を呼ぶ。
 五年前、私の来訪を待ち続けて、最期の瞬間まで私の姿を探して、裏切られた彼。
 知っている、知っているとも。お前が望んだ通り、私は何千回も、お前が死ぬ瞬間を繰り返し見たのだから。

 

「月くん」

 

 私にとって、唯一の姿をしていた、その名前を呼ぶ。
 初めて、私の誕生日を祝ってくれた、最初で最後の友人の名前を確かめるように。

 

 

 その彼に、感謝を伝えるべきなのか、あるいは謝るべきなのか。
 産声以外で、初めて泣き声を口にした私には、まだどちらか判断がつかなかった。

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