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「​From L to L」
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『From L to L』
『自分の目で確認すれば良かったな。まだ、僕を殺せないのか?』

 

 

 


 日本に来るのは、随分と久しぶりだった。
 キラ事件のために日本に来た頃と比べ、東京の町は随分と様変わりした。
 相も変わらず世界的な人口密集地の都市であることには変わりないが、様々なビルや建物が消え、そしてその分だけ増えていた。
 そんな光景を横目で見ながら、私はワタリの運転で都内のとある墓地へと向かう。
 そこはリムジンが止まるには不釣り合いな、一見すればごく普通の、特になんの変哲もない墓場だった。もっとも、土地の狭い都内の場合は『変哲のない墓地』であること自体が珍しいのだが。
 私はワタリに用意してもらった白色の献花を片手に、一人その場所を探す。
 そうすれば、私と同じく墓参りに来たであろう、喪服を着た夜神総一郎の姿を見つけて、そこが彼の墓なのだと理解した。

 

「お久しぶりです、夜神さん」
「……ッ! 本当に、竜崎、なのか! どうして、ここに!」

 

 ただの挨拶というつもりで話しかけた私とは対照的に、夜神総一郎はまるで幽霊でも見たかのような驚きようで、私の姿をマジマジと見つめた。
 たしかに、かつて夜神月にオバケのような外見だと揶揄われたことはあったが、いくら墓地とはいえ、私のようなタイプが出てくるのは西洋の墓地だろうに。
 そんなことを考えていると、ようやく私がここに居るという事実を受け止めることが出来たらしい。夜神総一郎は小さく咳をしてから、こちらにと私を彼の墓の前に案内した。

 

「久しぶりだな、L。今日は、来てくれて感謝する」
「いえ。ところで東洋の墓参りは初めてなんですが、この花はどうするものなんですか?」

 

 私が指先で花束を摘まみながらそう問いかけると、夜神総一郎は相変わらずだなと苦笑して、花はそこにと東洋風の墓参りの方法を一つ一つ教えてくれた。
 そして最後に、両手を合わせて目を閉じた夜神総一郎を横目で観察しながら、私も見様見真似で同じ様に振る舞ってみせる。たた両手を合わせて、目を閉じるだけ。これで死者を悼んだことになるというのだから、文化というものは不思議だと改めて思った。
 これで日本の墓参りというのは終わりらしく、私は目を開いてふと、周囲を見渡してみる。
 すると、遠くに喪服を来た女性が二人居て、その姿に見覚えがあることに気付いた。

 

「……ご成長されましたね、娘さん。とてもお綺麗になられました」

 

 夜神幸子の方はさほど変わりないが、夜神粧裕に関しては、以前の記憶から大分成長しており、かつての面影をかすかに遺すだけだった。
 今の夜神粧裕は、丁度かつての夜神月と同い年かと思うと、なるほど兄妹というだけあってよく似ていると感じた。
 しかし、私の言葉に、夜神総一郎は驚いたように顔を上げた。

 

「よく、粧裕の姿を覚えているな」
「ええ、まぁ。これでも五日間ほど、夜神さんのお宅を二十四時間監視させていただいたので」
「だが、お前はあの時、月のことしか見ていなかっただろう」

 

 それなのによく覚えていると、どこか関心したように言われ、相変わらず私はこの人には嘘がつけないなと苦笑する。

 

「そうですね。資料を見返せばすぐに分かりますが、正直今すぐかつての夜神粧裕の姿は思い描けません。今回分かったのは、月くんによく雰囲気の似た女性に成長していたからです」
「はは……そうだろうな。粧裕も随分と雰囲気も変わった。随分と、長い時間が経過していたみたいだ……私みたいな老体には、つい昨日のことのように思える」

 

 そう、かつて己の息子と共にキラ事件の捜査をした日々のことを思い返しているのだろう。
 夜神総一郎にとって、あまりにも多くの悲しみをもたらしたキラ事件を思い起こさせるのは酷なことではないのかと思ったが、しかしそれについて心配することも、きっとこの真面目な人間は嫌がるのだろう。
 この人は、いつまで経っても、キラ事件のことを明確に、昨日の事のように覚えているに違いない。
 そして、夜神総一郎はひとしきり、あの日々のことを思い出して、おそらく今年も刑事として生きていく覚悟を決めたのだろう。
 大きく呼吸を繰り返してから、いつもの凛々しく真面目な表情に戻ると、そういえばとこちらに視線を向けた。

 

「しかし、どうして今年は月の墓参りに来てくれたんだ」

 

 夜神総一郎が私にそう聞くのも無理はない。
 本来であれば、こうした墓参りというのは最初の命日に来るものなのだろうが。なにせ私は、夜神月が処刑されてから初めて、彼の墓に訪れたのだ。
 だから私は素直に、今回どういった経緯でこの場を訪れたのかを話し始める。

 

「今追っている組織が、横浜のとある倉庫で会合を開くと情報を掴んだので、その捜査のために日本に来ました。なので、キラがまだ生きているとは分かっているのですが、公的には今日が命日ということになっていますし、一回くらいはこうして花でも供えようと」

 

 そして、必ずお前を再び捕まえるという決意をしに来た。
 と、そう伝えた私に、夜神総一郎はとても驚いたように私の顔を見ると、どこか困ったように眉を顰めた。

 

「竜崎……、やはりまだ、キラを追っているのか」
「はい、当然です。Lとして、キラを……夜神月を再びこの手で捕らえるのが、私の使命です」

 

 なので、私は決して諦めてはならぬのだと決意を固めていた私に、何故か夜神総一郎は悩ましいといった様子で、夜神月の名前が刻まれた墓石に視線を向けた。

 

「L……率直に聞いてもいいだろうか」
「はい、なんですか」

 

 今、どこまでキラの事を追えているのか。少しでも姿を見たことがあるのか。
 おそらく、夜神総一郎がしてくる質問はそんなところだろうと予想を立て、さてなんと答えるべきかと先回りして答えを考えていた時だった。

 

「貴方は、まだ息子が生きていると、思っているのか」

 

 私が一切想像していなかった問いかけに、なぜその疑問を貴方が私に聞いてくるのかと首を傾げた。

 

「驚きました。毎年、私にご丁寧に夜神月から届いた手紙を送っていただいているのは、夜神さんだったので……そんなことを言われるとは」
「……あぁ、そうだな。たしかに、一番最初にあの手紙のことを相談したのは私だ。だが、L……私にはどうにも、それこそ、最初の手紙を受け取った時からなんだが……息子が貴方の想像通り生きているとは、どうにも思えない」
「なにか、根拠になる理由があるんですか」

 

 問いかけと言うには、あまりにも詰問じみた声色になってしまった己に、私はそんなに苛立っているのかと驚いた。
 だが、それも仕方のない事のはずだ。
 なにせ、キラがどれほど狡猾で、どれほど入念深く、どれほど他者を欺くのが上手いか。
 それを私と同じくらい知っているのは、キラ事件捜査本部の本部長であり、夜神月の父親であった、夜神総一郎しか居ない。
 その彼の口から出たのが、夜神月が、キラが生きていないとは。この人間は、いったいどこまで、飽きもせずに、己の息子に理想像を抱き続けているのだろうか。

 

「証拠、か。何か、物的なものが示せるわけではないんだがな……」

 

 そんな、弱音のように吐き出された夜神総一郎の言葉に、私は苛立ちを抑えることが出来ず爪を噛み締める。
 物的な証拠を示せないのに、なぜこの人間は、夜神月が生きていないなどという楽観的な事が言えるのか。
 たしかに、傍から見れば、夜神月など既に死んでいると考えたほうが合理的だと思えてしまう。
 しかし、それはキラ事件の時も同じだ。キラという個人など居ない、この犯罪者殺しは神による啓示なのだと考えるしかないと、各国の警察がキラ事件に白旗を上げて諦めた。
 だが、私はキラという個人は間違いなく居ると確信して、その存在を証明して、夜神月という個人がキラであることを突き止めた。
 世界で私だけが諦めることなく捜査を続けたから、キラを捕まえることが出来た。
 あの狡猾で、幼稚で、独善的な、私と同等に頭の回る恐ろしい連続殺人犯キラを私だけが。

 

「……少なくとも、夜神さんには、キラが居ないなど言ってほしくなかったんですが」

 

 共に、何も手がかりのない状態であっても、キラは存在すると信じて追ってきた、貴方だけには。
 そんな私の言葉に、夜神総一郎はすまないと小さく謝罪の言葉を口にした。

 

「私も、刑事として、キラがまだ生きていると考えて行動するべきだと理解している。また父親として、息子に生きていてほしいと思う気持ちもある。だが……私は、息子があの日、息を引き取る瞬間を見た。その死体を抱きしめた。火葬場で、息子の遺体が燃えて骨になったのを拾い上げた。私には、あれが嘘だったとは思えない」

 

 夜神総一郎はそう、自分の息子が死んだ日とやらを思い返しながら、夜神月の偽装された遺骨が入っているであろう墓に手を伸ばした。
 その姿に、私は限界だと、堪えきれなかった苛立ちを吐露するように口を開く。

 

「夜神さん、貴方の息子はキラでした」

 

 その純然たる事実をもう一度確認しろと、私はどこまでも冷たい声色で伝える。

 

「貴方もご承知の通り、キラは実に聡明で狡猾な犯罪者です。そしてずっと、父親である貴方のことを騙してきた。真面目な受験生のふりをして、キラがどれほどの犯罪者を殺してきたか。しかし、貴方の前ではキラを憎み、貴方にもしものことがあれば自分がキラを死刑台に送ると、実に理想的で優秀な息子を演じていた。貴方はそれを疑えたことがありましたか? 状況証拠で夜神月にわずかな疑惑を感じることがあっても、彼の態度や言動に疑惑を抱くことが一度でも出来ましたか?」

 

 出来たわけがない。この男は、息子の無実を信じて、命をかけた迫真の演技を見せた男だ。
 誰も夜神月を疑えなかった。誰一人として、あの夜神月を前にして、キラでないかと疑えたものなど、たとえ父親であろうと、誰も居なかった。
 世界で一人、私以外、誰も夜神月をキラだと疑っていなかった。

 

「たしかに夜神月は貴方の前で処刑されたかもしれない。その死体に触れたかもしれない。棺が燃えていくのを見たかもしれない。ですが、それすら欺くことが出来るのがキラなんです。自分は死んだと見せかけて、関わってなどいないと思わせて、それでいて裏で糸を引いて、毎年丁寧に手紙を送ってLを嘲笑ってくるのがキラなんです」

 

 捜査の機密情報など忘れて、私がこの数年間の間に調べてきたことを全て伝えてしまいたかった。
 私が見つけてきた、夜神月はまだ生きているという証拠を一つ一つ、全て並べ立てて順番に説明したかった。
 いかにキラが煙のように私の手を逃れて、そのくせ恐ろしい犯罪を今も犯しているのか、全て。

 

「夜神さん、もう一度言います。貴方の息子はキラです。そしてキラは全てを欺き騙す天才です。デスノートで死神のように犯罪者を裁きながら、表ではキラ捜査に尽力する好青年を演じていた、この世で最も警戒するべき大量殺人鬼、恐るべき嘘つきです」

 

 それが、どうして貴方は未だに理解できていないのかと、叫ぼうとした時だった。
 これほど私が鋭い言葉で捲し立てているというのに、夜神総一郎はどこか癇癪を起こした幼い息子を見るような目で、私を見つめながら穏やかに言った。

 

「ああ、だから、まだ自分が生きていると、お前に嘘をついているんだろう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は自分の中で保ってきた何かが崩れるような心地がした。

 

「なぁ、竜崎。どうして、息子の最期に立ち会わなかったんだ」

 

 夜神総一郎の問いかけに、私は興味が無かったからだと、私が関わるべき部分ではなかったと答えようとして、自分の体がまったく動かないことに気付いた。
 だが、私の答えを待つことなく、夜神総一郎は言葉を続ける。

 

「月は最期の瞬間まで、貴方の姿を探して、待っていた」

 

 違う。
 キラは、夜神月は、死んでいない。

 

「あの場に居れば、貴方もきっと、受け入れられたはずだ」

 

 夜神月という人間の命が、間違いなくあの日、終わった事。
 その単純な事実を受け入れることが出来たはずだと、夜神総一郎はどこまでも悲しく、そして優しく私に伝えてきた。
 

 私はいったい、何回、夜神月が処刑される映像を見ただろうか。
 既に千では足りないほど、私は繰り返し、何度も何度も、彼が自分の死を偽装した瞬間の映像を見ている。
 この映像のどこかに、夜神月が死を逃れた方法が分かる、あるいは今もまだ生きているという、確固たる証拠があるはずだ。
 だが、何度繰り返して見たところで、その映像から何か、それらしい証拠が見つかることはなく、私はただ、彼が偽りの死を迎える瞬間を見るだけだった。

 

『何もない。あとは頼んだ』

 

 また、夜神月が周囲を見回してから、そう最期の言葉を告げる。
 夜神月、お前は何を探している。その視線の先には何がある。何を確認している。

 

『あとは頼んだ』

 

 いったい誰に、何を頼んだ。
 何故その言葉を最期の言葉に選んだ。

 

『頼んだ、L』

 

 何故、私の名前を呼んでいるように感じるんだ。
 もしも、私に向けての言葉なら、お前は私に何を託した。

 

『デスノートのこと、頼んだぞ』

 

 お前にとってデスノートを失うことは、何よりも望まない展開ではないのか。
 私にデスノートを処分しろと言ったのも、何か策があっての事なんだろう。
 ああ、それとも、お前は本当に、自分が死んだ後、デスノートが残ることを憂いて、私に処分を頼んだのか。
 誰にも使われることのないように、誰の手にも渡ることのないように、決して使うことがないと、私を信じて頼んできたとでも言うのか。
 違う、そんなわけがない。お前は生きているはずだ。私は何度も、お前が生きているという証拠を見つけてきた。お前が事件の裏で手を引いていたことを証明する、証拠が、山ほど。

 

『嘘つきオバケが出たぞ』

 

 その時、脳裏に響いた言葉に、私は背筋が震えた。
 ああ、いったいどこに、そんな恐ろしいものが出たのだろうか。
 私が唯一恐れるのは、恐ろしい殺人鬼でも、国家転覆を企む犯罪組織でもない。
 私は、オバケが怖い。嘘つきオバケが、何よりも怖い。
 友情を育むふりをして、お腹がすいたふりをして、興味があるふりをして、他人を思いやるふりをして、まるで人間のふりをして生きる嘘つきオバケが、私はとても。

 

『嘘つきオバケだ』

 

 けれど、私が恐れていたはずの嘘つきオバケは、どこにも居ない。
 否、違う。私が嘘つきオバケだと呼ばれているのだ。
 ああ、そうだ。認めよう。肯定しよう。懺悔しよう。
 嘘つきオバケとは私のことだ。
 私は誰かと友情を育んだこともなければ、本当の意味でお腹が空いたこともなければ、興味もないのに勉学に勤しんでいたし、他人を思いやるとは何かを理解せずに形だけの言葉を吐いていた、人間のふりをした嘘つきオバケだ。

 

『嘘つきオバケめ』

 

 しかし、私がどれほど自分が嘘つきオバケだと認めようと、声は止まらない。
 いったい、何を責め立てられているんだ。私は認めた。私は嘘つきだ。
 ハロウィンの日に、この世に生を受けた。
 天国にも地獄にも行けぬ場所で、カボチャのランタンを片手に彷徨う、人間のふりをしながら生きる亡霊だ。

 

『そうだな、竜崎。お前の言うことは大概デタラメだ。一々真面目に取り合っていたらキリがない』

 

 いつの日か、雨の中で交わした、彼との言葉が蘇る。
 夜神月、キラ。
 お前だって知っているだろう。
 お前も私と同じ、嘘ばかりついてきた、人間のふりをしてきた生き物なのだから。

 

『竜崎、L……お前は本当に嘘つきだよ』

 

 お前こそ、産まれてから一度でも本当のことを言ったことがあるのか、キラ。

 

『あぁ、そうだな。僕は嘘つきだよ。産まれてから一度も本心なんて見せたことのない、ただの嘘つきだ』

 

 夜神月のその言葉に、己の記憶とは異なる言葉に、どういう意味なのかと動揺を覚える。
 お前は否定したはずだ。あの日、あの雨の屋上で、お前は私の言葉を否定しただろうと、顔を上げる。
 そこに居たのは、どこまでも穏やかで、そして私を優し気な視線で見つめてくる夜神月の姿だった。

 

『僕は認めた。だから、お前もいい加減に認めろよ』

 

 なぁ、L。
 お前だって、本当はオバケじゃなくて、人間だったんだろう。
 自分が人間じゃないと、心がないと思っていた事そのものが、嘘だったって認めろよ。
 なぁ、L。お前、本当はあの日――。

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