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「​From L to L」
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『From L to L』
『時間をかけるほど、僕を殺せなくなるぞ』

 彼に返し忘れていた腕時計を指先で弄りながら、私は今年も届いた夜神月からの手紙を見つめていた。
 相変わらず私を挑発する文章を考えるのが上手いことだと、いつだか犯罪者を使ってどこまで死の状況を操れるかキラがテストしていた頃のことを思い出し、苛立ちからため息が出てくる。

 

『L、デスノートにキラの名前を書くのは、既に試しているんですか?』

 

 その時、突如入ったニアからの通信に、私はいったいどこから彼にキラやノートのことが伝わったのかと考えて、おそらくメロだろうなと思いながらも念のため聞くことにした。

 

「ニア、貴方にはまだ、私がキラを追って各国の事件を捜査しているとは伝えていませんし、捜査協力を依頼していませんが」

『全てメロから知りました。無論、教えてもらってはいませんが、メロはあの通り分かりやすいので』

 

 やっぱりそうかと、相変わらずメロの感情的になりやすい部分はどうにかならないかと思いながら、私は練乳がたっぷりとかかったイチゴを口一杯に頬張った。

 キラを追い始めて、いつの間にか二年が経過しようとしていた。
 その間、おそらく彼が関わっているであろう事件はいくつかあったが、しかし肝心の彼の姿は、私やメロが事件を解決する頃には煙のように消えていた。
 まさかここまで長期戦になるとは思わず、同時にここまで己の足取りを追わせないキラの本気に、いっそ参ったと言えたらどれほど楽かと思った。
 だが、彼に負けるなど、負けず嫌いの己が認められるわけもなく。そもそもキラの死を直接確認しなかった己の失態への尻拭いの意味も含めて、私は決して諦めるなどありえない。
 だから私は今日もこうして、キラが関わったであろう事件の選別を行っていたが、まさかニアの行動がここまで早いとは想定外だった。

 

『それで、再度質問しますが、デスノートにキラの名前を書いてみましたか?』

 

 ニアの再びの質問に、つい最近ワイミーズハウスを出たばかりだというのに、もうそこまで情報を掴んでいるのかと、己の後継者候補ながら恐ろしく感じた。さすがは、あのメロを抜いてワイミーズハウスで常に一番を取り続けてきた子供だと、私はメロに伝えたことは全てニアに伝わっている前提で話し始める。

 

「まず、一つ目。デスノートにキラの本名を書いたところで無駄だと私は考えています。理由について説明したほうがいいですか?」
『ある程度の想定は出来ますが、私の知らないルールがあるかもしれないので教えてください』
「分かりました。では、今から話すことはメロにも伝えてください。二度手間は面倒なので」
『…………分かりました』

 

 ニアの、不服といった様子と、随分と遅れた返事に、相変わらずこの二人の間のライバル関係は続いているらしい。
 正しくは、ニアはメロに対して友好的に接したいと思っているが、メロの方が極度の負けず嫌いで一番を目指す性質の為、ニアがそれに乗ってやっている。というのがワタリの会見だが、私にはどうにも、その辺りの機微が理解出来なかった。
 私としては、早くキラを捕まえる為にも、二人には協力的であってほしいところだ。しかし、私自身も自分の感情コントロールと言うべきか、好き嫌いがはっきりしている性質なのでそう強く言えないでいるが。

 

「では、約束もしていただけたので、ご説明します。まず、デスノートの『名前を書かれたものは死ぬ』という一番基本的なルールですが、この名前という概念は時に曖昧で、時に法律に乗っ取り一義的です。その代表として、婚姻して戸籍上の氏名が変更になった犯罪者は、婚姻後の名前しか報道されていないのにキラによって殺されています」
『つまり、キラが結婚して氏名を変えている可能性がある。と』

 

 さすがはニア、理解が早い。と、私は彼の言葉に頷いた。 
 日本では家父長制が根強く、基本的に婚姻した女性は夫の姓に戸籍を変更するのが習わしだ。それは犯罪者も同じであり、キラが日本で裁いてきた女性の犯罪者の中には、旧姓が報道されていない者も数多く居た。だが、問題なく心臓麻痺で殺せているということは、デスノートは少なくとも日本において戸籍の名前を重視する。ということなのだろう。

 

「すでにキラは日本での戸籍はありませんが、しかし婚礼という儀式は戸籍がなくとも出来ますし、宗教的な意味合いも深い。そしてあの用心深いキラが、自分の名前について対策していないとはとても考えられません。おそらく、既に婚姻によって氏名を変えているでしょう。あの容姿と詐欺師並みの話術です。キラであることを承知の上で結婚を選ぶ人間を作ることなど容易い」
『キラは、そんなにも人心掌握術に長けているんですか?』
「キラはこちらを欺くために、把握している限り短期間で五人程度の異性と付き合っていました。いわゆる容姿端麗で口が上手いタイプの人間です。多分キラならば結婚詐欺も容易いですし、やろうと思えばその思想も合わせてそれなりの宗教が作れたと思います」
『なるほど、犯罪者を殺す独善的な殺害動機といい、サイコパスの典型ですね』

 

 そう淡々とキラに評価を下すニアに、よく言うものだと心の中で感想を抱きながら、私はイチゴが無くなったので練乳を直接口に含む。

 

「それから、二つ目の理由ですが……。皆勘違いしていますが、私は既にデスノートを所持していません。誰の手にも渡らないよう、焼却処分しました。なので、仮にキラの名前を書こうとしても、そもそも試すことが出来ません」
『……何故、ですか』

 

 ニアが驚きを必死に抑えながら問いかけてきた言葉に、やはりそういう反応になるものかと、私はあの日この手で燃やした殺人兵器のことを思い出す。
 たしかに、デスノートの力は強大だ。それはたとえ、デスノートという存在が知れ渡ったとしても尚、圧倒的な力を持つ。名前を書くだけで人が殺せるなど、何千億ドルの値段が付いたところで安いものだ。
 しかし、だからこそ、デスノートなどというものがこの世にあってはならないと、私はその存在を知った時から決めていた。

 

「あれは、史上最悪の殺人兵器です。どの国に渡ろうが、どんな人間に渡ろうが、この世界に混乱しか生み出さない。そして私自身も、デスノートを使うつもりなど一切ない。なので、デスノートは存在しないほうがいいと判断して燃やしました。証拠品を燃やすとは何事だのと各国に言われましたが、あれを証拠品としてだけ使える国などありませんので」
『そうですか……やはり、貴方を目標にしたのは間違いありませんでした。私もきっと、デスノートを手に入れたら貴方と同じ選択をします、L』

 

 そんな、私が選んだ選択を尊敬するような。
 否、そうではないだろう。きっとニアも、メロと同じだ。
 私を目指すべき目標と定めるのと同時に、必ず追い抜いてみせるという気概を燃やした様子で、彼は聞くことはもう何もないと通信を切断した。
 そして、私は通話が間違いなく途切れていることを確認してから、ふと手元で弄っていた彼の腕時計の金具を一秒以上の感覚を開けずに四回素早く引っ張る。
 そうすれば、かつて彼が説明した通り、腕時計の底がスライドした。

 

「……デスノートはたしかに、燃やしましたよ。月くん」

 

 けれど、私は貴方から託された事を完璧に守ることなく、ニアにも嘘を付いた。
 と、スライドした底に張り付けたデスノートの切れ端を眺めながら、私は一人天井を見上げた。

 デスノートについては、ニアに語った通り。キラを捕まえる検証を行った時点で、燃やすべきだと考えていた。こんなものが、この世界にあってはならない。
 だが、ノートを燃やす寸前に、彼の腕時計が目に入った。
 本来この腕時計は、証拠品として日本警察に渡し、そのまま最後はアメリカに渡るべきものだった。
 しかし、デスノートというキラ事件において最も重要な証拠品でさえ隠蔽して処分した私に、証拠品を保管しなければならない等という常識は備わっておらず、私は彼の腕時計を拝借したまま今日を迎えた。
 そして、何を思ったのか、かつて夜神月がそうしたように、ノートの切れ端を一枚、腕時計の中に隠して、私はノートを燃やした。

 

「…………」

 

 ただ無言で、ずっと彼の左腕に、大切そうに付けられていた腕時計を見つめる。
 この腕時計は、ノートの切れ端は、自分にとっての記念品のつもりだった。
 己はあのキラを捕まえたのだという、トロフィーのような、ただの飾りであり、実用性を持たないもの。
 だから、私はこのノートの切れ端をどんな事が起きようとも使うことはないと決めていた。
 たしかに私は死刑囚にノートへ名前を書かせて、デスノートの十三日ルールが嘘であるという検証を行ったが、しかし私自身がノートに名前を書いて誰かを殺すことはない。
 それがLとして、キラを捕まえた者としての、守るべき境界線のように思えた。
 だが、今の現状を思うと、そんなプライドのいったい何に意味があるのだろうかとも思う。
 本当に、キラの死を確認せず、取り逃してしまったことを後悔しているならば、このノートの切れ端に夜神月の名前を書くべきだ。
 たしかに夜神月は己の名前について対策しているだろう。己の目的の為であれば、いくらでも他人を騙すことを厭わない人間だ。ニアに説明した通り、結婚して名前を変えるなど一番最初に思いつくだろうし、すぐに実行するだろう。
 けれど、それでも、試すことは出来たはずだった。
 何故なら夜神月も私も、ノートに書く名前が旧姓では効果がないという事は、検証していない。
 故に、仮に彼が名前を変えていたとしても、夜神月と記入して意味がないことは誰も断言できない。
 だから、仮に意味がなかったとしても、ただ試すだけならば、いくらでも出来たはずだ。
 この小さな紙切れに、夜神月の名前を書く事など、ほんの数秒で終わるのだから。

 

「……それでは、キラと同じだ」

 

 そこまで考えて、私はいつもこの自問自答をした時に繰り返す言葉を今回も口にして、この思考を無理矢理中断する。
 もしもデスノートを使ってキラを殺せば、結局Lも自分の力ではどうしようもない犯罪者をデスノートなどという超自然的な力で、なんの証拠も上げずに独善的な価値観で裁いたということになる。
 つまり、Lはキラと同じになる。もしかしたら、それがキラの、夜神月の狙いなのかもしれない。
 キラのしてきた行為をLに認めさせるために、自分の命をかけて、キラもLも同じ方法を選んだと嘲笑うために。
 だから、彼を捕まえたLである私だけは、デスノートでは誰も殺さない。
 そう、夜神月が、キラが生きていると知った日に、最初に思い浮かべた答えを繰り返しながら、私はそっと瞼を閉じた。

 また、季節が巡ってきた。
 それはつまり、私がキラについての夢を見ることを意味しており、今回私が見たのは、彼を法務省に引き渡してからしばらく経った頃の記憶だった。

 キラを日本でとある個人に特定し、逮捕した。
 私がLとしてその宣言をICPOに向けてした途端、今までキラ捜査に及び腰だった各国が、途端にキラは我が国で多くの犯罪者を殺したのだから我が国で裁かせろと、一斉に権利を主張してきた。
 全くもって馬鹿らしい争いに、私は早々に嫌気がさして『Lとしての仕事はもう終わった』と、デスノート、それから夜神月の腕時計を証拠品の中から回収して姿を消した。
 結局のところ捕まえたのは日本警察なのだからキラは日本の管轄になったようだが、最終的には国政の関係だろう。キラの身柄はアメリカに引き渡されたのだという。その話を聞いた時、FBIの長官が私に対してアメリカはもうキラ捜査に関わらないと言った日のことを思い出して、腹の底から嘲笑が溢れた。
 だが、いくら世界の警察を動かす力があるとはいえ、私にあるのは捜査の権限であって、捕まえた犯罪者をどのように裁くか、などという司法に口を出す権利は持ち合わせていない。
 だから私は、キラである夜神月がアメリカで死刑になるのだと聞いた時も、どこぞの大女優が結婚したらしいというゴシップを聞くような気持ちだった。
 つまりは、私にとっては何も関係のない、何か関わることなどない、無意味な情報だと。

 

「一週間後が、夜神月の死刑執行日です」

 

 Lとして、いつも通りの日常に戻った頃。
 そう、ワタリが別の事件の捜査をしている私に対して言ってきた時も、私は何も感情など動かされなかった。

 

「そうか。それが、どうかしたのか」
「アメリカより、彼の死刑に立ち会う場合は事前に連絡がほしいと言われています」

 

 どうしますか、と問いかけてくるワタリに、私はため息をこぼしながら彼が用意してくれたチョコレートを口に含んだ。ピスタチオの風味がするそれを舌先で溶かしながら、私はワタリに視線を向けることなく首を振った。

 

「私はどんな犯罪者であろうと、その処刑に立ち会うことはない。今まで通りだ」
「本当に、よろしいですか?」

 

 珍しく私の言葉に食い下がってくるワタリに、子供の癇癪のような苛立ちを覚える。
 私のスタンスは最初から変わらない。私はただ事件を解決するのが目的であって、その犯罪者の行く末に口を出すようなことはしない。それは司法の役目であって、私のような一個人が犯罪者に対して何かをするべきではない。
 たとえその相手が、私の命を賭けてでも捕まえようと画策したキラであろうとも、今まで人前に顔を晒すことがなかった私が長期間、手錠によって繋がれ生活を共にした夜神月であろうとも、初めて私と同等の頭脳を持っていると確信した相手であろうとも、私は変わらない。
 夜神月の死に関わることなど、私には意味のないことだ。

 

「私は、キラの処刑には立ち合わない」

 

 私がそう宣言するように告げると、ワタリは分かりましたと言って、部屋を出て行った。おそらく私の意思をアメリカに伝えに行ったのだろう。
 その背中を見送った後、私は全てを忘れるように今捜査を行っている事件の資料に視線を落した。
 そうすれば数秒後にはもう、夜神月という名前は私の頭の中から消え去った。

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