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「​破壊」
4

 

 初めて犯された時は、これ以上の屈辱がこの世にあるものかと思った。
 だが監禁されて半年も時間が過ぎる頃には、ただなんの趣向も凝らされず犯されるだけの日が、まるで天国のように思えた。

 

「っ、あ――、が、ぁ……っ、あ」

 

 その日、僕は珍しく、ただ悪魔に犯されていた。
 挿入だけが行われる性行為は随分久しぶりで、僕は口から息とも声とも区別がつかない音を吐き出すだけで、今のところは済んでいる。
 いつもであれば、僕が目覚める度にあいつは監獄にやってきて、今日はこれを使うと訳の分からない玩具を懇切丁寧に説明したり、あるいは僕に何も伝えることなく様々な拘束具を付けて今お前に付けたこれがどんな動きをするか考えてみろとこちらの恐怖を煽ったりしてきた。
 だから今日、目覚めた頃にやってきた悪魔が、ただ僕をベッドに仰向けに寝かせたまま挿入してきた時、随分と珍しいことをする事もあるものだと朦朧とする意識の中で驚いた。

 

「っ……は、ぁ」

 

 無論、悪魔は僕の体を気遣うなどということはしない。
 今、僕を犯す挿入だって、ただ乱暴に何度も打ちつけ、己の中の快感を追い求めるだけの身勝手なやり方だ。僕がイこうが痙攣しようが、そんな事は考慮せずに好き勝手に動いてくる。無論、この監獄に捕らえられた時から僕の肉体に考慮なんてものが与えられたことは一度としてないが。
 しかし、だからこそ、悪魔にしては随分と珍しい行動だと思った。
 いつも、こいつが僕に与える陵辱は、僕の心を貶めることに徹底している。苦痛としての快楽、支配としての快楽、拷問としての快楽。お前の体はもう、無様な快楽に支配されて二度と元に戻ることはないのだと、そう教え込むような行為ばかり。
 そして、その為であれば、陵辱の最中に自身が絶頂することなく行為を辞めることも何度もあった。それこそ、一度も服を脱ぐことなく、勃起している様子さえ見せないことも。
 だから、今日のように、あいつが自分の快感を満たそうと僕を犯すのは、とても珍しい事だった。

 

「がっ――、あ、が……あ゛、あぁ」

 

 あいつが律動とともに与えてくる、快感なのか苦痛なのか区別のつかない感覚に悶えながら、その元凶たる悪魔の表情を霞んだ視界の中、ぼう然と見上げていた。
 長期間の絶え間ない行為による疲労のせいか、ここ最近、視界がハッキリと見えない事が多くなった。今も、僕を犯す悪魔の姿は、どこかぼやけていて、どんな表情をしているのか伺い知ることは出来ない。黒い影が、僕の上で息を荒くして動いているようにしか見えない。ただ、対面から聞こえる荒い吐息に、そろそろ中に出されるのだろうことは予想、というよりも経験則から分かった。

 

「ッ――」

 

 そう思った瞬間、悪魔の食いしばるような声が聞こえ、己の中で脈打つペニスが精液を放った。
 ドクドクと、まるで僕の中に毒を注ぐように震える悪魔の肉体。ただの一滴も零さぬようにと深く、深くに刻み込むように押し付けられた腰に、散々に開発された僕の肉体も反応して絶頂を迎えてしまった。

 

「ひッ、あ――――、ぁ、がぁ」

 

 しかし、僕の絶頂は悪魔のそれと異なり、精液を放つことのないものだった。
 いつからかだったか、覚えていたくないからと忘れたが、僕の身体は射精なしでも絶頂を味わってしまうように改変されてしまった。それは、射精を伴うものよりも熱く激しい快楽を苦痛を僕にもたらす忌々しいもので、さらに言えば際限がない。どれだけイこうが、刺激され、突き上げられ、犯されればまたイってしまう。
 終わりがない快楽とは地獄だ。
 何時まで経っても脳が正常さを取り戻すことなく、破壊されるような感覚が続く。
 僕が僕でなくなってしまうような、喪失感の中に突き落とされる。
 その度に、悪魔はそうやって、僕を壊そうとしているのだと理解した。

 

「…………、っ」

 

 そんな、全ての元凶たる悪魔は、断続的に吐き出していた精液を全て出し終えたのだろう。ようやく、ぐじゅぐじゅと音を立てて悪魔の杭が僕の中から抜けた。
 今日はやけに興奮していたらしい悪魔は、一度も抜くことなく、何度も僕を犯してきた。記憶している限りでは、多分これが三回目の射精。そのせいもあって、悪魔のそれが抜けた瞬間、僕の中からはすぐに注がれた精液が溢れ出し、臀部を伝ってベッドに水溜まりを作ったのが見なくとも分かってしまう。
 しかし、監禁された当初は似たような状況に屈辱を覚えもしたが、今となっては何も感じない。僕の中に悪魔の何を出されようと、それを舐めて啜れと言われないのであればなんだってよかった。そうでなくとも、今日はなんの道具も薬も使われていないのだから、まさに楽園のような心地だ。
 どれだけ犯されようと、やれ精神がおかしくなるような薬だの、微弱の電流が刺激してくる玩具だの、尿道を開発される恐怖だの、喉の奥に直接出される精液の苦みだのを知ってしまっていれば、この程度。

 

「夜神月」

 

 悪魔が、僕の名前を呼んだ。
 その名前を呼ぶ悪魔の表情はよく分からなかったが、僕はそれでも悪魔に抵抗するように、黒い影に向かって睨む。お前が何を考えていようが、何をして来ようが、僕にはお前を睨むだけの意思があると見せつけるように。
 そんな僕の視線を見て、悪魔が何を感じたのかは、この霞んだ視界では分からない。
 まだまだ僕が壊れないと頑丈な玩具に満足しているのか、何時まで経っても壊れないことに苛立っているのか、それともただただ無表情で何も感じることなど無い人形のように僕を見つめているのか。
 ただ、悪魔がどのような表情をしていようが、僕の中にある選択肢はただ一つ、睨むことだけだ。その意思だけが、この憎悪と嫌悪を示すことだけが、僕がまだ壊れていないことの証明になる。
 死なないためにも、殺されないためにも、いつか悪魔を殺すためにも、僕は――。

 

「夜神月」

 

 再び、悪魔が僕の名前を呼ぶ。
 瞬間、何かが唇に触れた。それがいったい何なのか、疲労によって意識を失いかけていた僕は、悪魔が僕に何をしたのか理解出来なかった。理解しようとする前に、意識が遠退いて僕を暗闇へと誘う。
 だけど、どれだけ壊されようと、散々利口だと持て囃された僕の頭脳は覚えていた。

 この夢は、この記憶は、僕が監禁から開放される直前の日の記憶だ。
 その唇の感覚が、悪魔が僕に最後に与えたものだった。

 
 サユに僕がキラであることを伝えた日から、彼女の僕に対する態度は一変した。
 無論、表向きは僕の世話係としての仕事をこなしているが、しかし日々の生活において、サユの動作は介護者のそれから信者が神の世話をするようなものになった。

 

「ライトさん、お食事の用意が出来ました」

「あぁ、分かった」

 

 恭しいノックと共にやってきたサユの姿にありがとうと告げれば、彼女はこの世の至福がここにあるとでも言うような表情で、僕の傍に近寄り膝をつく。

 

「ライトさん、今日、先生が来る日です。私、ちゃんと言われた通りに伝えてきます」
「うん、大丈夫。サユならきっと出来るよ。信頼しているからね」
「……っ、はい! 必ず、世界をライトさんの……神様の望む、善人が幸せに生きられる世界にしましょう。その為なら私、なんだって出来ます」

 

 だからどうか、待っていていくださいと、サユは僕の手を握りながらその手に頬を寄せた。
 そのサユの様子に、信仰心と恋愛感情のほどよいバランスを保っていると、僕に陶酔しきった表情に笑みを浮かべる。やはり、盲目的な人間というのは実に扱いやすい。
 医者に対して、僕が既に健康体である事を伝えていくのには、慎重にならざるを得ない。今までサユが僕のことを『憐れな被害者』であり『まだ回復などしていない病人』であると報告し続けていたせいで、医者も僕の様態や精神については嫌疑的だ。かと言って、サユに突然もう大丈夫だと言わせたのでは、サユの態度の変化に何があったのか疑惑がかかる。
 サユがキラ信者であり、僕の言うことであればなんでも聞くことは、今後の為を考えて伏せておきたい。だから、あくまで医者への報告は、介護者としてのサユの視点から報告されていなければならない。
 交渉のテーブルに付くにはまだ時間がかかりそうで苛立ちもするが、焦って事を急いでも失敗の要因が増えるだけだ。待つべきところは待つ。それは今までのキラとしての活動でも何度もあったこと。耐えることは苦ではない。

 

「さぁ、サユ。今日はサユのキラへの協力としての第一歩だ。しっかり食べて、万全の状態で挑もう」

 

 だから君も座ってと促せば、彼女は少しばかり名残惜しそうに僕の傍から離れて、はいと対面の椅子に座る。
 彼女の用意した温かな食事は、相も変わらず美味しい。突然、アップルパイを作ってくるような事はあれど、しかし技術力だけはあるのは間違いない。
 しかし、サユはまだ、どこか夢見心地のように僕を見つめながら、興奮したように言葉を紡いだ。

 

「ライトさん、私、本当に……ライトさんのためなら、なんでも出来るんです」
「うん、知っているよ、サユ。君はずっと僕に尽くしてくれた」
「それだけじゃなくて、もっと……もっともっと、いっぱい、神様の為になんでもしたいんです」

 

 無論、お前にはそうさせるつもりだと、僕は死神の目のことを思い浮かべる。
 恋愛感情の体も装っている都合上、やれと命令することは出来ないが、しかしサユから死神の目を望むようにするのは簡単だ。実際、今この場で死神の目のことを伝えれば、サユはすぐにでも取引をしたいと言い出すだろう。
 だが、それにはまだ下準備が必要だ。しかし、サユの高揚とした気分を損なわせるのももったいないと、僕はありがとうと微笑みながらサユを見つめる。

 

「あぁ、サユにはいつか、あいつを殺す手助けをしてほしいと思ってる」
「あいつ……ライトさんをこんな目に合わせた、元凶のことですか」

 

 僕が口にした言葉に、サユの目が不気味な狂気を宿した。
 サユにとって、あの悪魔のことは、僕に酷い行いをしたという以前に、かつての自分を苦しめた犯人を彷彿とさせる対象なのだろう。僕への信仰心と、己を苦しめた過去への憎悪から、サユはそれこそ狂ったように目を光らせて顔を上げる。

 

「ライトさん、私、絶対に殺します。ライトさんが私を救ったみたいに、今度は私が……ッ!」
「うん、ありがとう。サユ、君だけが僕の味方だよ」

 

 ミサとは違うタイプの狂気だなと、サユの様子を観察しながら、僕は朝食のスープに口を付ける。あまりサユの狂気を増長するような態度を取り続けては、いつか面倒なことになるかもしれない。無論、狂信的というのは便利であるが、それは相手がある程度の理性と判断力を兼ね備えている場合だけだ。サユのように感情的で盲目的な場合、狂信的であるのが裏目に出る可能性もある。
 ならばどの程度に抑えておくのがいいかと考えていた時、こちらを不安そうに見つめるサユと視線があった。

 

「あの、ライトさん……お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何かな」
「ライトさんを苦しめた元凶って、いったい、どんな人間なんですか」

 

 サユの言葉は、僕の口からあいつの事を語らせるのに躊躇いを感じているのか、酷く震えている。まぁ、自分を陵辱してきた相手のことなど語りたくないと思うのが普通だろうし、彼女も僕が過去を話せと言えば話すだろうが、その時は大きく躊躇うに違いない。
 しかし、サユの信頼を得るためにも、ここはある程度こちらの情報を伝えておくべきだろう。何より、サユのあいつへの殺意を高めておくには絶好の機会だ。

 

「あぁ……そうだね、あいつは『悪魔』だよ」
「悪魔、ですか」
「そう。あいつは、僕を苦しめることだけを考えて、それをただ行うだけの『悪魔』だ」

 

 改めて、己の口から『悪魔』という言葉を紡いでみて、ふと僕はいつからあいつのことをそう思うようになったのかと振り返る。
 最初の頃は、まだあいつのことを竜崎やLと、かつてキラと対峙した時の名前で呼んでいた。
 だが、次第に、身体が疲弊していく度に、意識を失う回数が多くなる度に、己の身体におぞましい快楽と苦痛を教え込まれる度に、僕は次第にあいつのことを名前で呼ばなくなった。
 それは単純に、僕の意識が朦朧としてきて、満足な言葉すら出てこなくなったという理由もあるが。それ以前に、心の中で、僕は次第にあいつのことを竜崎やLではなく、ただ僕を苦しめるだけに存在している『悪魔』だと思うようになった。

 

「あいつは……」

 

 あれは僕が――キラが、かつて戦った相手ではない。
 キラ事件を追う探偵としての役割をいとも簡単に捨て去り、ただ自分の欲望を満たそうとしていただけのおぞましい存在だ。
 そんな奴にいくら犯されたところで、どれほど陵辱されたところで、僕の精神は傷つかない。破損などしない。破壊などされない。
 そう、自分を鼓舞するように、僕はあいつのことをずっと『悪魔』と――。

 

「悪魔……悪魔、なんて」

 

 ふと、サユの声に違和感を覚えて、顔を上げる。
 サユは、僕の口から語った『悪魔』という言葉を震えたように、何度も繰り返していた。
 それは僕を苦しめた存在だから、どうしても許せないと思っているから、と解釈するには、どうにも違和感のある震え方だった。
 しかし、何故だろうか。他人の声色がどんな意味を持つのか、いつも敏感に察知できるはずの脳は、なぜか揺蕩うような緩慢さの中にあり、すぐにサユの声色の的確な表現が出来ない。

 

「サユ……?」

 

 彼女の名前を呼ぶ。
 だが、その時になってようやく、僕は自分の呂律が酷く回っていないことに気付いた。
 否、違う、これは、あの頃と同じ感覚。
 何度も陵辱を繰り返され、限界を迎えた時にやってきた、意識を失う時の感覚だ。

 

「悪魔なんて……っ! やっぱり、神様気取りが考えることですね!」

 

 自分の身体が崩れ落ち、椅子から転げ落ちた瞬間に聞こえたサユの声に、僕はようやく彼女の声色が含んでいた意味を悟る。
 ああ、そうだ、思い出した。この震えた声は、悲しみではなく、嘲笑だ。
 彼女は、サユは、僕を嘲笑っていた。

 

「――――ッ、ぁ」

 

 受け身さえまともに取ることの出来なかった肉体が、鈍い痛みに悲鳴を上げたが、しかし全身が己のものでないかのように力が入らない。
 おそらく、先ほどから食べていた食事のせいであることは間違いない。ああ、そうだ、僕を殺すなら、彼女が一番適任だ。何故、油断した。どうして、この女なら大丈夫だと思った。なぜ、なぜ、なぜ。
 僕が朦朧とする意識の中、そんなまとまりのない後悔を繰り返している時。
 サユは初めて見せる静かな目で僕を見つめると、ポケットの中から小さな携帯電話を取り出し、電話をかけはじめた。

 

「もしもし、はい。今、終わりました。来てください」
「っ――――ぁ、が」
「大丈夫です。はい、お願いします。……ところで、こいつ。いつ死ぬんですか?」

 

 酷く冷たい声だった。まるでサユではない、別の人間が乗り移ったような、冷酷で冷淡で、それでいて嘲笑にまみれた声色。

 

「そうですか……じゃあ、死んだら教えてください。そうしたら私、ようやく救われると思うんです」

 

 サユはそう言い捨てるように告げると、そのまま携帯を切り、僕の元へとゆっくり歩いてきた。
 先ほどまで、どうやって利用してやろうかと考えていた、盲目的に僕を慕う女だったサユ。
 しかし、今目の前で僕を見下ろす彼女には、その気配など一切見えない。
 意識を失いかけているにしても、なぜ、この女相手に僕はここまで恐怖を抱いてしまっているのか、自分への驚きと憎悪が募る。
 だが、彼女が僕に一歩と近づく度に、心臓が煩いほどに脈打ち、悲鳴を上げた。
 そんな僕を見て、サユはニッコリと満足そうに笑みを浮かべながら、僕の頬に手を伸ばした。

 

「おやすみなさい、神様気取り」

 

 止めろ、僕に触れるな。僕に、近づくな。

 

 

「もうすぐ、貴方の『悪魔』が迎えに来てくれますよ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、全ての絶望と共に、僕は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた瞬間に感じたのは、眩しいという感覚だった。
 それは天井の照明が視界に入ってくるとか、朝日が眩しいとか、そういった光ではなかった。
 ではいったい、何が眩しいのだろうかと呆然とした頭で周囲を認識すれば、それは薄暗い部屋の中、いくつものモニターによって照らされているからだと気付いた。

 

「……ッ、くそ」

 

 次第にはっきりしてきた意識に、僕は何があったのかと順番に思い出そうとした。
 だが、薬を使われたせいか、前後の記憶はどこまでも曖昧で、重要なことを思い出せない。
 だからこそ、僕の意識は自然と、ただ目の前にあるモニターの映像へと向けられた。
 そして、その映像を見た瞬間、どうしてこれが今目の前で流れているのかと、僕は唖然としたまま画面を見つめた。

 

「――これは」

 

 いくつものモニターに映っていたのは、僕の映像だった。
 場所は、おそらく捜査本部。ビルの中で、僕はいつもキラを追うために、メインルームで捜査をしていた。そこには父さんの姿や、他の捜査員の姿もあって、僕は皆と会話や書類のやり取りをしながら、己自身がキラであるとは知らず、純粋にキラを追っていた。
 その映像が、何故だか今、目の前で流れている。記録されているのはミサの部屋だけだと言われていたはずなのに、なぜ、その映像記録が残っているのか。
 ふと他の画面を見れば、そこにはまた、別の僕が居た。
 それは捜査本部のビルの寝室で寛いでいる僕だったり、唯一外に出られる屋上でひと時の休息をしている僕だったり、あるいはバスルームで着替えている僕だったりした。
 どの画面を見ても、どこを見ても、そこに居るのは僕だ。ただ、僕だけを執拗に映しているだけの映像。
 そして、この頃の僕を映しているということは、必然的に、あいつの姿もカメラの端に映ってしまっていた。
 あいつの、姿が――。

 

「お久しぶりです、夜神月」

 

 瞬間、背後から聞こえた声に、たのむから今が夢であってくれと願った。あるいは、幻聴であってくれと。
 しかし、両手を後ろで拘束されているせい。否、たとえ拘束などされていなくても、僕の身体は恐怖に固まってしまって、背後から聞こえた声の主を確認出来ない。
 それが気に食わなかったのだろう。声の主は、己のことを認識しろと、僕の首筋に蛇のように指を這わせ、再び僕に声をかけてくる。

 

「また会えましたね、キラ」

 

 その名前で僕を呼ぶことが出来る人間は、世界でただ一人しか知らない。
 夜神月がキラであり、そしてまだ死んでいないと知っている人物。
 ああ、あいつだと、自分の背後にいる存在に確信した瞬間、全身から冷たい汗が溢れ、身体が震えた。

 

「どう、し――て、ッ」

 

 どうしてお前が此処に居るのかと言葉にしようとして、口から出てきたのは悲鳴だった。
 一方、そんな僕の混乱を見て嘲笑うわけでもなく、あいつはとても興味深そうに僕の身体を舐めまわすように触りながら、僕の反応を観察しはじめた。

 

「分かりやすいPTSDの反応ですね。貴方も、ちゃんと心的外傷に対する反応があることに安心しました。神を気取って犯罪者を裁いていた貴方ですから、そういった人間的な反応が薄く効果がない可能性もあると思っていましたが……。だが――、どれだけ神に精神を近づけようと、やはりお前も人間だな、キラ」

 

 あいつがそう僕を呼んだ瞬間、座らせられていた椅子を回され、ついに『悪魔』の姿を認識してしまう。
 見なければ、その姿さえ視界に入れなければ、逃げられるのではないかなんて期待を抱いていたわけではない。
 けれど、現実を受け入れる事に、心が追いついていない。
 再び己があの悪魔の手中に戻ってきてしまったことが、どうしても認められない。
 歴然とした事実として僕の状況は変わりないというのに、それなのに僕はまるで駄々をこねる子供のように、嘘だ嘘だと何度も否定の言葉を脳裏で繰り返した。

 

「それで、三ヶ月の休暇は楽しかったですか、月くん」

 

 悪魔が、そう首を傾げながら僕の胸元に手を伸ばす。細く角ばった神経質な指先が、僕の肉体が以前よりも健全に戻ったことを確認する。その様子と、あいつの口から紡がれた『休暇』という言葉から、僕は全てを悟ってしまった。

 

「……全部、お前の計画だったんだな」
「はい、その通りです」

 

 平然と肯定された言葉に、僕は己がどれほど都合の良い夢を見ていたのだろうかと、自分が深層的にその可能性を除外していたことに気付かされた。
 相手が僕に対して交渉をかけてこなかったのは、僕の容態や組織でキラの扱いを迷っていたからではない。いや、僕を騙すためだ。もしかしたら組織そのものは本物だったかもしれないが、その誘導を行ったのは悪魔だった。あいつは世界の切り札、Lという名義以外にも多くの名前を持ち、その中には僕が知らないだけで警察以外の組織を動かす力を持った他の名義もあったのだろう。それらを利用して、さも僕を奪われた様を装った。
 僕があの監獄から解放されたのは、全て悪魔の計画だった。
 こいつはわざと僕を手放して、その姿を観察していた。
 何のために?ああ、この悪魔がよくしていたことじゃないか。希望を与えてから奪う、一番効率的なやり方。
 全ては、僕を壊すために仕組まれていた事だった。

 

「貴方の肉体的衰弱が激しかったのと、半年以上に及ぶ陵辱でも貴方の精神は堅牢だったので、今回の計画を立てました」

 

 悪魔は、僕が手元に戻ってきた以上、特に今回の計画について隠し立てる事は無いらしい。医者が肉体を観察するように僕の体を見ながら、どこか退屈そうな様子で事の詳細を語り始めた。

 

「サユを監視役に仕立てたのは、彼女がキラに対して恨みを持っていたからです。彼女を監禁した犯人を殺したのは彼の兄でしたが、既に前科者だった兄は他の罪と合わせて凶悪犯ということでキラに裁かれました。貴方が社会に不要だと殺してきた凶悪犯に救われた人間も居ると、貴方を精神的に追い詰めることが出来ればという意図もありましたが……まぁ、その辺りはたいした期待はしていません。貴方はそれでキラであったことを後悔などしないでしょう」

 

 まるで知っているかのように僕の考えを読み取る悪魔の声が、頭の中に入ってこない。
 サユの僕に対する全てが演技だったとか、いったいどこまでが悪魔によって仕組まれていたのだとか、そんなものは今の僕にとって些細な問題だった。
 それよりも、僕の身体を弄る手が、薄いシャツのボタンを外し、肌を晒させる手が、恐ろしかった。ようやく開放されたと思っていたはずのその手が、再び僕を蹂躙することがただ、耐え難いほどの恐怖を与えた。

 

「貴方は自分に対して盲目的に恋心を抱く女性に対して警戒心が薄れるので、それをサユに演じさせるのはいい手でした。おかげで貴方の食事にいつでも私の指定する薬を入れられた……覚えていますか? 貴方が一度、深夜に目覚めて自慰に走った日。あれも私の指示で貴方の食事に興奮剤の一種を盛りました。一度強制的に快感を思い出させることで、貴方の継続的な自慰行為を誘発したかったんですが……残念ながら、あの一回以降はしませんでしたね」

 

 悪魔はそう言うと、僕の身体を椅子からモニター台に押し付けるように移動させ、僕の後から太ももに手を差し込む。布越しから爪を立てられる感覚に、僕の身体は自分でも笑ってしまうほどに強張り、固まった。

 

「月くん、どうして、しなかったんですか? 体が疼いたりしませんでしたか? あれほど快楽漬けの生活を送らせていたのに、ただの一度もここが疼く事はありませんでしたか?」

 

 そう、悪魔の指先が、僕の臀部の間を撫で上げる。

 

「……ッ、は――ある、わけ、ないだ、ろう」

 

 疼くわけがない。あんな行為は、僕にとってただの苦痛そのもので、二度と繰り返したくなどない屈辱的なものだ。ふざけるな。僕があんな身体が燃えるような快楽を求めるなんて思っているのか。と、心の中には悪魔への罵倒が渦巻くのに、しかし悪魔が問いかける言葉に、僕はただ反射的に言葉を返すことしか出来ない。
 当然だ。だって、これから行われる事を考えてしまえば、頭も口も回らない。
 あいつが僕を取り戻してからすることなど、一つしかないのだから。
 それを目の前にして、毅然とした態度でいるなんて、あの陵辱の日々を過ごした僕には、出来なかった。

 

「そうですか」

 

 僕の返答に不満そうな声色を返した悪魔は、つまらないといった様子でため息を吐き出すと、それならばと言葉を続けた。

 

「では、今からしましょうか」
「――ッ、ぁ」

 

 悪魔はそう告げると、僕の下半身に指を伸ばし、ベルトの金具の隙間に指を差し込んできた。
 その感覚に、かつて何度も何度も犯され陵辱された日々が、濁流のように記憶の渦になって僕に襲い掛かってくる。

 

「離せ、ッ――!」

 

 拒絶の言葉など、こいつ相手に無意味だと知っているのに、僕の口から出るのは願望だけだ。
 しかし、悪魔は僕の願いを叶えるわけもなく、なんの躊躇も憐憫も慈悲もなく僕の下半身を外気に晒させた。
 瞬間、太腿の、素肌に触れた男の指先に、喉の奥から胃液が溢れた。

 

「ッ――、がっ、はぁ!」

 

 駄目だ、止めろ、触れるな。
 塞き止められない感情が脳裏に渦巻く最中も、悪魔の動きは止まることなく、僕の下半身を執拗に撫でまわす。そして、ついに指先が、ペニスの裏筋を撫で上げてから、散々悪魔を受け止めさせられたそこに触れた。

 

「三ヶ月とはいえ、さほど慣らさずとも入りそうですね。まぁ、久しぶりなので痛いかとは思いますが、月くんは痛みからも快感を得るような身体になっていたので問題ないでしょう」
「やめ、止めろ……ッ」
「大丈夫ですよ、月くん。貴方は物覚えがいいので、何回かしていればすぐに以前の感覚を取り戻せます。その内、また以前のように、快楽で何も分からなくなるくらいに戻れますよ」

 

 悪魔はそう言うと、何かの潤滑油を塗ったらしい指先で、僕の中に侵入してきた。
 一本、二本とすぐに指を増やして、これなら大丈夫だろうと納得したのだろう。広げたり慣らすといったこともせず、すぐに指を抜き去ると、指などとは比べ物にならない滾ったそれを――杭のようなペニスの先端を宛がった。

 

「ッ――、止め、離せ!」

「……今日の貴方は、無意味なことばかり言いますね。夜神月」

 

 その言葉が合図であったように、悪魔のペニスが、僕の中に入り込んできた。

 

「ッ――が、ぁっ! あああ、あ゛! あぁ、あ゛!」

 

 久しぶりに感じる、己の肉体が蹂躙され、犯される感覚。
 身体を裂かれるような痛みに、悪魔を振り払おうと身を捩ったが、しかし拘束されている以上、抵抗など空しいばかりだ。
 何より、再び犯されたのだという失望と絶望が、僕の動きを鈍くして、満足な言葉すら口にさせてはくれなかった。

 

「っ、はぁ……、ぁ」

 

 一方、己のものを奥まで入れたことに久々の支配感を覚えたのだろう。
 悪魔はどこか恍惚としたような吐息を零すと、そのまま容赦なく、以前のように己の好き勝手に腰を動かしはじめた。
 ぐちゅぐちゅと、水音を立てながら繰り返させる挿入に、腹の奥を突き上げられる感覚に、吐き気がする。久々に受け止めさせられた中は痛みに悲鳴を上げ、流血でもしているのではないかと思うほどだった。
 だが、同時に僕は気付いてしまう。
 これほどの痛みを覚えているというのに、それなのに己の身体は、浅ましくもかつての陵辱の日々に刻み込まれた、あの吐き気がするような燃える快楽を覚え始めていることに。

 

「いやだ、違う、ちがッ! あ、がぁ、ッ――あ゛、ああぁ!」

 

 穴のギリギリまで引き抜かれる度、肉壁をペニスで擦られる度、腹の奥を突き上げられる度、無理矢理に快楽を引きずり出される。
 何故、こんなにも痛くて苦しくて気持ち悪いのに、僕の身体は快感を覚えてしまうのか。
 陵辱の日々など捨てていくはずだった。この悪魔を殺して忘れるはずだった。
 だが、許されなかった。僕の身体は、記憶は、濃密にあの日々のことをまだ覚えていて、それには三ヶ月などという時間はまったくもって無意味なものでしかなかった。

 

「ひぃ、ぎ、あ゛ぁ、ああッ――ああ、あぁ!」

 

 ああ、駄目だ、このままでは、またあの絶頂が来てしまう。
 そう感じた瞬間、己の想像通り、僕の身体に脳を破壊するような快感の稲妻が走り抜け、僕は再び射精を伴わない絶頂を迎えた。

 

「――――ッ、あ゛あ、あぁ!」

 

 びくびくと、痙攣した下半身に襲い掛かってくる快楽に、どうしてまだこの肉体はあの感覚を記憶しているのかと生理的な涙が溢れる。
 そして、その絶頂がトリガーとなってしまったのだろう。久しぶりに迎えた快楽に、耐えきれなくなったペニスから尿が溢れた。

 

「っ、あ――ぁ、が」

 

 水音を立てながら床に広がっていく黄金色の水。己が失禁してしまったのだという事実が、現実感を伴わずに視界に入る。
 一方、それを背後から見ていた悪魔は、わざとらしく驚いたような声色で、僕の耳元で囁いてきた。

 

「ああ、床が汚れてしまいましたね。大丈夫ですよ、後で私が出したものも含めて、綺麗にしていただければいいので」

 

 以前のように。と、言葉を続けた悪魔に、僕の脳裏にかつての陵辱の日々が蘇る。
 ああ、そうか、また僕はああいうことをさせられるのか。
 何度も何度も犯されて、苦しいほどの絶頂を無理矢理迎えさせられて、悪魔が好き勝手に出した精液やらそれ意外も飲まされて、床に転がされてまた犯されて――。
 その未来を想像した瞬間、僕の中の何かがはち切れた。

 

「――ッ! そんなに、僕を殺したいのか!」

 

 喉を劈くように吐き出した言葉に、悪魔の動きが止まる。

 

「そんなに、僕が憎いか! こうやって僕の精神を犯して、壊して! そんなに僕が、キラが憎いか!」

 

 限界だった。

 

「だったら早く殺せばいいだろう! 僕が憎いなら、その両手で僕の首を締めれば一瞬で終わる! ああ、それともお前が持ってるデスノートに名前を書けば、もっと簡単に殺せるだろうな! あのノートにたった数文字、夜神月と僕の名前を書けば40秒後に僕は心臓麻痺で死ぬ!」

 

 殺してくれなど、絶対に乞うことなどしないと思っていた。
 だが、それでも、一瞬だけ思ってしまった。
 この苦痛から、陵辱から、屈辱から、全てから開放されるには、悪魔を殺すか己が死ぬかの二択しかないのだと。
 そして悪魔を殺すことが出来ないのであれば、自由などまやかしであったのならば、もう己の死以外に、この苦痛から開放される術は無い。

 

「ほら、簡単だろう! なぁ、やってみろよ、それで全て終わるんだよ!」

 

 お前ならいとも簡単に出来るはずだと、振り向き悪魔の顔を見上げた時だった。
 こちらを犯しながら見つめてくる悪魔の顔が、酷く呆れたような――否、僕への失望にまみれた表情をしていた。

 

「夜神月、お前は何を勘違いしているんだ?」

 

 冷たい声だった。今までの声とは違う、何も取り繕う気のない、酷く無慈悲な声だった。

 

「私は、ずっと貴方に伝えていました。『夜神月、貴方が壊れたら殺します』と……その言葉は今も変わりません」

「何を……」
「貴方の精神が壊れていない以上、私は貴方を殺さない。たとえ何があっても、貴方が貴方としての意識があり続ける限り、終わりなど与えません。貴方はずっと、この苦痛と陵辱の中で生きてもらいます。死などという甘い蜜が与えられると思わないでください。貴方を殺すのは、貴方という存在が壊れた、その時だけです」

 

 だから、貴方がまだ正気で私を睨んでいる以上、死を与えるなどありえない。
 その言葉を聞いた瞬間、ああ、僕はどうやっても殺されることなんて出来ないじゃないかと、理解すると共に絶望した。

 

「は、ははは……っ」

 

 僕は、壊れることなど出来るのだろうか。
 キラとして、新世界の神になると決意した時に、僕は人間らしさなど捨て去った。悪人を裁き続ける限り、この世に神として降臨する限り、重要なのは精神力だと意識を注いできた。
 そして事実、僕は屈強な精神力を手に入れた。手に入れてしまった。
 神としての重圧に、デスノートで悪人を裁く事に、それこそキラとして生きる為に家族だって何だって犠牲にする覚悟を決めたこの精神が、心が、意思が、壊れることなどあるのだろうか。
 つまり、こいつの言っていることは、僕を永遠に殺さずに陵辱し続けるというのと、同じ意味じゃないのか。

 

「悪魔め……」

 

 心の中で散々呼んでいた名前で、ついに目の前の男の事を呼ぶ。
 その時だった。悪魔は僕が口にしたその言葉に、口角を吊り上げて反応を示した。

 

「ああ、その呼び方。聞いてはいましたが、貴方はそうやって自分の精神を保っていたんですね」

 

 悪魔はそう言いながら、とても興味深そうに僕の顔を覗き込んでくる。
 いったい何がそんなに面白いのかと、こちらを見つめてくる好奇心の瞳へ睨み返せば、悪魔は一転して酷く不機嫌な表情をしてみせた。

 

「夜神月、私は悪魔ではありません」

 

 嘘だ、お前以外の何を悪魔と呼べばいい。
 僕を散々苦しめる事だけを生きがいにしているような、その為だけに存在しているようなお前のことを悪魔以外になんと表現すればいい。
 しかし、それこそが不快なのだと、男は僕の顔を目の前のモニターに無理矢理向けさせた。

 

「懐かしい映像だとは思いませんか」

 

 悪魔の言う通り、そこに映っているのは、かつての僕だ。
 まだ捜査本部でキラ事件を追っていた、僕と。僕とそれから、あの、あいつの姿が。

 

「いつから、私のことを悪魔と呼ぶようになったんですか、月くん」

 

 その声に、僕を呼ぶ『月くん』という声色に、ぞわりと鳥肌が立つ。
 なぜ、こんなにも悪寒がするのか分からない。だが、脳で理由をすぐに推察出来ずとも、同時にやってきた『懐かしい』という感情が、僕を震えさせた。

 

「私がLです」

 

 それは、かつて男が初めて僕に正体を明かした、あの時の言葉と同じだった。
 その言葉を聞いた瞬間、僕は何故、自分がこんなにも困惑しているのかを理解する。

 

「月くん、貴方を犯して陵辱して苦痛を与えて快楽を教え込んでいるのは、どこの誰とも得体の知れぬ『悪魔』などではありません。貴方を今こうして犯して、壊そうとしているのは、私、Lです。かつて貴方と、キラとLとして戦った相手であり、共に捜査本部でキラ事件を追った人間です」
「止め、ろ……」
「月くん、逃げないでください。今、貴方を犯しているのは、貴方が唯一敗北した相手であり、貴方がこの世界で唯一認めた相手です。私も同じです。私も世界で唯一、夜神月、キラ、貴方だけを認めている。そして、貴方だから、私はこうして犯し、壊そうとしているんです。それなのに――貴方はどうして『悪魔』などと言って、私を『L』ではないものと認識しているんですか?」

 

 それは、その問は、僕の確信だった。
 ずっと、無意識的に思っていた。僕を犯す相手が、あのLであるはずがないと。
 だって、Lとはキラが殺すべき相手であると同時に、僕の人生で唯一の存在だった。唯一認めた、この世にたった一人の、僕と同等の存在。
 そんな相手に犯されているという事実を受け止めてしまったら、僕の中の何かが壊れてしまうと思って、殺されたくなくて、僕はきっとこいつのことを悪魔と。

 

「(ああ、そうか、だったら)」

 

 僕が死ぬためには、と気付いた時、悪魔が――否、Lが、僕の身体を掴みあげた。

 

「夜神月、お前を犯しているのは私だ」

 

 Lは一度昂った己のペニスを僕から引き抜くと、そのまま椅子に座り、僕の身体を持ち上げて向き合うように僕の身体を持ち上げた。
 そして、一切の容赦なく、再び僕の中に己のペニスを突き立てた。

 

「ッ――、がッ、は、ああ゛あ゛!」

 

 腹を抉られて、穴が空いてしまったのではないのかと思うほどの衝撃に、口から胃液と唾液が混じったものが溢れる。
 だが、そんな僕の状況など気にすることなく、Lはそのまま僕の身体を突き上げながら、無理矢理指先で僕の瞼を開かせながら、深淵のような黒い瞳でこちらを覗き込んできた。

 

「よく見て、刻み込んで、忘れないでください。貴方を犯して、陵辱して、破壊しようとしているのは私です。他の誰かでも悪魔でもない、世界の切り札と言われ、貴方を追い詰めて、初めて敗北させた、Lです。それ以外の何者でもない」
「や、がッ、ああ゛ぁ――ッ!」

 

 激しい突き上げと、酷く興奮した様子のLに、こいつの絶頂が近いのだと悟る。
 それは、何度も受け止めてきたはずのものなのに、何故か今は、その相手があのLだと思うだけで、止めてくれと懇願したくなるほど恐ろしかった。
 だが、その恐怖こそが必要なのだと、Lは僕の顔を食い入るように見つめながら、叫ぶ。

 

「キラ、夜神月、月くん――私を見てください。そして、私に破壊されてください」
「ひっ、あっ、があ、あ゛、ああぁっ! ああ゛ぁ!」
「貴方を壊すのは、私です」

 

 瞬間、腹の奥深くに、Lの精液が弾けるのを感じた。
 脈打つペニスの感覚に、何度も何度も、深く刻み込むように、白濁としたそれが注がれる。
 何度も何度も、それこそ口の中にも、身体にも、たくさん数えきれないほどかけられ飲まされてきたはずの液体が、己の中に注がれていることが、今、とても怖かった。
 今すぐにでも壊れてしまいそうなほど、恐ろしくて仕方なかった。

 

「(お前があのLだって認めれば、僕は壊れることが出来るのか)」

 

 頭の中に浮かんだ、誘惑なのか恐怖なのか分からない考えに、僕は呆然とLの姿を見つめる。

 

「(お前がLだと受け止めれば、僕はようやく、終わることが出来るのか)」

 

 僕にとって、何よりも特別だった存在、L。
 その相手に犯されていることを認めることで、僕はきっと、壊れることが出来る。
 今までずっと、こいつは僕の期待を裏切った、あのLではないと認めなかったお前をLだと認めれば、僕はようやく。

 

「(僕の精神は、壊れることが出来る)」

 

 身体を苛む快楽に溺れながら、唯一僕を破壊できる可能性を目の前に、僕は再びの律動に瞼を閉じる。
 デスノートを持って、キラに、神なってしまった己の精神が、唯一破壊される方法。

 

 

 その誘惑に、僕は手を伸ばしそうになって、そして――。
 

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